女の嫉妬は怖いが、女のいじめも怖い……。
悪意のこもったベッラの発言に、マユは身を縮める。
(今、お城から放り出されたら困る! 帰る場所なんてどこにもない!)
さっきまで他人事と聞き流していたマユの目つきが変わった。一点を見つめて素早く考える。
「……仕事をしたい人が来ても、何の仕事ができるか聞き取るのに時間がかかるんですよね?」
女王は当たり前のことを聞くなと言わんばかりの、馬鹿にした顔でうなずく。
「そうですわ。それに偉大な王のもとで働くのですから、それなりの人物が求められますわ! ですから時間がかかるのです! 実際に聞き取りをするのは臣下の者たちですけれど、その臣下を選ぶのも難しいのですよ! あたくしもいつも頭を悩ませていますわ! 庶民のあなたには、到底わからない苦労でしょうけれど。ねぇ、リチャード?」
「ブフォ!」
突然馴れなれしくファーストネームを呼ばれてむせる王を、女王はにこやかに見つめる。
マユは下を向いてテーブルを見つめたまま口を開いた。
「……それなら前もって書いてもらえばいいと思います」
女王は美しい眉をひそめた。
「……どういうことかしら?」
マユは顔を上げていぶかしげな顔の女王の赤い瞳を、まっすぐ見返す。
「パンドラでは『履歴書』という書類を提出するんです。どういう教育を受けて、どんな仕事をしてきたか書類に書いてあるんです。他にも希望する職種とか特技とか」
それを聞いた王が声をあげた。
「事前にそのリレキショを見ることができれば時間が短縮できる! 素晴らしい!! やはりマユは素晴らしい!!」
「いえ、私はべつに……」
「さっそくリレキショを導入しよう! またマユに助けられたな! マユには助けられてばかりだ!」
「いえ、そんな……」
女王がイライラしたようすで割って入る。
「それくらいなら、あたくしにもご提案できましたわ! 王は他に何かお困りではありませんの?」
「困ってないぞ!」王は緑の瞳をきらめかせてマユにウィンクしながら答える。
「そんなことはないでしょう!? 反目しあっていた両国の新しい結びつきを象徴する婚姻ですのよ!? 広く国民に王家の威光を知らしめないと!」
「それはそうだが、まだ具体的には……」
「両国の国民に、お祝いの席を設けてはいかがかしら?」
王はまた困った顔になった。
「……それは考えている」
「けれども大人数に食事を供するとなると人手が足りませんし、カトラリーや器も不足しますわね。一人あたり何品も出すのですから、給仕は厨房とテーブルを何度も往復しなければなりませんし。大変ですわね!」
「……まあ、そうだ」
女王は舌なめずりせんばかりの顔でマユを見る。
「ねぇ、マユ様!? 何か良い方法をご存じないかしら!?」
マユは下を向く。
「…………知らないです。すみません……」
「あらまぁ残念ですわ! 先ほどのは単なるまぐれ当たりだったのですね! ガッカリしましたわ、ねぇリチャード?」
王はベッラ女王を無視して優しく笑いながら首を横に振る。
「マユはいてくれるだけで充分だ」
王の言葉で女王の赤い眉が吊り上がったが、すぐ取ってつけた笑顔に戻った。
「マユ様もパンドラへ早くお帰りになりたいでしょう? あちらにいる方々も、今頃は愛を送っているはずですわよね」
「……愛……」
元の世界でマユを愛する者がマユを想ってくれないと帰ることはできない。ハルモニアへ来てからすでに3週間経過しているが戻れないところをみると、誰もマユのことを気にしていないらしい。マユが苦さと悲しさの入り混じった顔でうつむくと女王が追い打ちをかけた。
「マユ様の居場所はパンドラですもの! ハルモニアにいる理由なんてありませんわよね!?」
マユの目に涙が浮かんだ。
(ここにも私の居場所はないの? 私の居場所は、どこにもないの?)
マユがうつむいて唇を噛みしめているのを見た女王は、ざまぁ!という顔で王へ愛想を振りまく。
「マユ様にとってこちらの世界の出来事は、しょせん他人事ですわ! その点、あたくしは違いましてよ! リチャードの悩みはあたくしの悩みですもの! カトラリーや器が足りないのなら、あたくしが……」
「……バ……バイキングはどうでしょうっ!?」
女王の声をさえぎって、マユは切り出した。




