少年と少女の受難
森の木立の向こうから乳母の声が響いてくる。
「ロレンツォ様! ベッラ・マリー様! ピクニックは終わりです! そろそろお城へ戻る時間でございます! ダンスの先生がお待ちですよ~! どちらにいらっしゃるのですか~!?」
しかし藍色の瞳をすがめて毒蛇とにらみ合いをしている少年……アカルディ王国のロレンツォ王子に、乳母の声は届いていないようだ。大きなピクニックバスケットを持った小さな男爵令嬢のベッラは、赤みがかった金髪を揺らしてじれったそうに呼びかける。
「ねぇロレンツォお兄様、パメラがよんでるわ。おしろへかえりましょう」
「ちょっと待って……。本で読んだんだ。この蛇は攻撃する時に鳴き声を出すって……」
ほっそりとした手で茶色の髪を払いのけながら、木の枝を持ったロレンツォ王子はジリジリと赤と黒で彩られた毒々しい蛇に近寄る。
「やめて! かまれたらしんじゃうわ!」
「ちょっとだけ……。鳴き声を聞くだけ……」
王子が蛇を押さえようと木の枝を突き出した瞬間、蛇は鎌首をもたげて飛び上がり王子の白い手に嚙みついた! 「キキキキキ!」ガラスを引っかくような聞くに堪えない音が森にこだました。
「お兄様!!」
毒におかされ崩れ落ちた王子にベッラは駆け寄る。王子は真っ青な顔をしてピクリとも動かない。ベッラは夢中で小さな口を毒牙の跡にあて必死で毒を吸いだした。
二人を探しに来た乳母が見つけたのはぐったりして動かなくなった王子と、小さなベッラが折り重なって倒れた姿だった。
「きゃあああああ!! ロレンツォ様! ベッラ様!」
静かな森に乳母の悲鳴が響き渡った。




