何がどうしてこうなった?
ガングはカウンターに熱々の料理を並べる。
「マユもルウもおつかれさん! 昼飯だ!」
焼きたての骨付き肉に、新鮮な野菜サラダ。パンとスープから湯気があがっている。食欲を刺激する肉とスパイスの香りがあたり一面に広がる。美味しそうな料理をガン見しているマユに、ガングは声をかけた。
「マユはエールとワイン、どっちがいい?」
「私はお水で……」
ルウが黙って水の入ったコップを置く。
「あ……りがとうございます」
マユが礼を言ってもルウは知らん顔だ。一口飲むと、冷たい水が身体に染み渡る。
「おいしい……!」
ガングは笑う。
「ガハハ! ワシの料理は水よりウマイぞ! 早く食べろ!」
マユとルウは、背の高いスツールに腰を下ろす。ルウが料理に手を合わせる。
「今日も美味しい食事をありがとうございます。いただきます」
ルウの言葉に驚いて思わず見つめるマユ。ルウは顔を赤くして料理を食べはじめた。
(このコ、意外と礼儀正しくて良い子かも? 愛想はすごくわるいけど)
マユは考えながら熱いスープを口へ運ぶ。
「っっっ!?」
マユが口元を押さえて目を見開いたのを見て、ガングが心配そうに尋ねた。
「どうした? 口に合わないか?」
「……おいしい! おいしい! おいしい! おいしいです!」
マユはすごい勢いでスープを口へ運ぶ。美味しさのあまり瞳孔が開いている。
「ガハハ! 食え! 食え! おかわりは、山ほどあるからな!」
ナイフで骨から肉を削ぐ。フォークで刺して口へ放り込む。柔らかな肉を噛むと、スパイシーな肉汁が口いっぱいに広がる。
「おいしい!」
ふたたび肉にナイフを入れると、肉汁が皿にこぼれ落ちた。
(もったいない!)
マユはナイフを置いて肉にかぶりつく。合間に食べる新鮮な野菜のサラダも絶品だ。焼きたてのパン表面はカリカリ中はもちもちしていて、いくつでも食べられる。
あまりの美味しさに急いで食べているとノドにつかえた。胸を叩きながら水を一気に飲み干すと、ルウは黙ってジャグから水を注いでくれる。ガングはカウンター超しに厚いベーコンや、ほくほくのポテトフライを皿に足してくれる。マユは礼を言うのも忘れて料理をかき込んだ。飲み込むように食べるマユを見たルウはどん引きして、ガングは嬉しそうに目を細めている。
「…………ごちそうさまでした。すごく美味しかったです!」
「すごい喰いっぷりだったな! 何日も食ってないオオカミみたいだったぞ! ガハハ!」
「はあ……。 3日ほど何も食べてなかったもので……」
マユは照れ笑いをしながら頭をかく。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
やっと礼を言う余裕ができたマユは、ガングの出してくれた干し葡萄とリンゴのパイにかぶりつく。熱々のリンゴと干し葡萄の間から、カスタードクリームがとろけ出す。ルウは黙って淹れたてのコーヒーをマユの前に置いた。
お腹が満たされて落ち着いたマユは、店内を見渡した。
「あのぅ~。今の私って、どういう状況なんでしょう?」
「安心しろ。 よくあるコトだ。って言っても、安心できねぇか! ガハハ!」
「はあ……」
ガングは葉巻に火を点けると口にくわえた。芳しい香りの紫煙がガングを包む。
「ニャルは……ニャルっていうのは、ワシの愛する妻のことな。ルウのカアチャン」
「はい……。たぶんお会いしたと思います……」
「ニャルは、パンドラに欲しいモノがあるって言ってたんだ」
「ええ……」
「ソレをゲットするために、パンドラへ行ったはずだ」
「パンドラって何ですか?」
「パンドラっていうのはな、ルウ、なんだ?」
ルウは美しい金髪を無造作にかき上げる。
「……マユの住んでた世界のこと。マユの世界は色んな言葉があるから、こっちではパンドラって呼ばれてる」
「それってギリシア神話でしょうか? 人が神様の言うことを聞かなかった罰として、人々は同じ言葉で話せなくなったっていう……。パンドラの箱ですよね?」
「……そう。そしてこっちの世界は、誰でも同じ言葉で話せる」
「ニャルさんがパンドラへ行った理由はわかりました。でも私がこっちの世界に来た理由は? ルウさん、ここはどこですか?」
「……ハルモニア」
「私がハルモニアに来た理由は?」
「…………」
ルウは困った顔をして、ガングに目で助けを求めた。ガングは葉巻の煙を吐き出す。
「すまん。ニャルがパンドラへ行くには、誰かが代わりにハルモニアに来ないとダメなんだ。だからマユが来た」
「ニャルさんの代わりに私が来た? どうして?」
「ニャルが『パンドラへ行きたい!』と思う気持ちと、マユの『パンドラにいたくない!』っていう気持ちが釣り合った結果だ。入れ替わった時、近くに神秘的なモノがあっただろ?」
「神秘的なモノ……?」
「アレだ、アレ。ルウ、なんだっけ?」
「教会とかモスク。ほかに寺とか神社」
「そう。ソレだ。なんかあっただろ?」
「ニャルさんと入れ替わったのは、神社でした」
「そういう場所は、こっちと繋がってんだ。そんでマユがパンドラにいたくないって思ったから、ニャルと入れ替わりでハルモニアに来た」
「私がパンドラにいたくないっていう気持ち……」
マユは死にたいほどの絶望感を思い出した。
「パンドラにいたくないと思ったのは事実ですけど、美味しい料理でお腹がいっぱいになってみたら、そうでもなかったかもしれません……」
「ガハハ! 悩みなんてそんなモンだ! 腹いっぱい食えば元気になる!」
ガングが笑い飛ばすと、つられてマユも笑った。
「ふふ。そうですね。それであの……。こっちの世界って、カッパとか妖精がいるんですか?」