レティシアは語る
レティシア王女は照れながらも微笑んでいる。
「礼拝堂でわたくしがアンドレアの唇にキスをしたでしょう?」
「はい……。ビックリでした。今もビックリですけど……」
マユは小さくつぶやく。
「唇へのキスは永遠の誓い。キスをした二人は結ばれるの。祭壇の前にアンドレアを見つけて、つい……♡」
レティシアとアンドレアは見つめ合って、幸せそうに微笑む。
「でも……レティシアさんは、アンドレア王子と結婚はできないと……」
「そうなの♡」
「だから家を出たんですよね?」
「そうなの♡」
「いったい何がどうなって、こうなるんですか?」
「わたくしが聖タルーマ山へ行ったのはご存じ?」
「聞きました。その後に様子がおかしくなったと……」
レティシアは思い出して、ため息をつく。
「あの頃は、とても悩んでいたわ。聖なる滝で身を清めているときに、わたくしは溺れてしまったの。身体を見られるといけませんから、お付きの者は一人もいなかった」
「裸体を見られたら、見た相手と結婚しないといけないんですよね?」
「そうです。だから一人で滝壺へ入ったのだけれど、水が冷たくて身体が動かなくなったの。すぐに出ようとしたのだけれど、間に合わなくて……」
レティシアは横にいるアンドレア王子を見つめる。王子は優しく笑顔を返すと、話の後を継いだ。
「私もその頃、身を清めるため山へ籠っていた。そして滝へ出かけると、滝壺で溺れている女性を見つけた。その時は、彼女がレティシア王女だと知らなかったのだ。女性を水から引き上げると、すでに呼吸は止まっていた。とっさに息を吹き込むと、身体がわずかに動いた。そして彼女の瞳を見た時……、私は恋に落ちてしまったのだ……!
けれど私には婚姻が控えているし、私が裸体に触れ唇を合わせたとなれば、女性の人生は大きく変わってしまう。だから何もなかった事にしようと、すぐにその場を立ち去ったのだ」
レティシアは頬を染めながら話を続ける。
「わたくしも彼がアンドレア王子とは知らなかったのです。わたくしは、助けてくれた男性に恋をしてしまいました。その方は私の唇だけでなく心まで奪ったのです。城へ帰ってからも、その方を忘れることはできませんでした。こんな気持ちのまま隣国へ嫁いでも、両国の民を裏切ることになります。ですからわたくしは姿を隠しました」
王子は切ない顔で王女を見つめる。
「私はレティシアを想いながらも、両国の平和のために結婚すると決めた」
マユは頷く。
「お二人とも国を想う気持ちは一緒だけど、レティシアさんは姿を隠し、アンドレア王子は意に添わない結婚をしようとしたのですね」
アンドレア王子が苦笑する。
「祭壇でレティシアにそっくりなマユを見たときは奇跡が起きたと思ったのだが、残念なことに人違いだった。それでも儀式を進めるつもりだったが、とうとう心がくじけてしまった」
「私の言い間違いが原因ですよね……申し訳ありません……」マユは深々と頭を下げる。
「とんでもない! そのおかげで騒ぎになり、レティシアが間に合ったのだ! おかげで婚約の儀は成立せず、私たちは結ばれることができた!」
マユはレティシアを見て首をかしげた。
「そういえばレティシアさんは、やはり静養のお城にいたのですか?」
レティシアは小さく笑う。
「そうなの。急にアレックスが部屋へ入ってきた時は驚きました」
「よく城へ戻るよう説得されましたね。望まない婚約の儀式なんて、したくなかったでしょう?」
レティシアは目をクルリと回す。
「説得なんて一度もなかったのよ! わたくしを見つけたアレックスは有無を言わさず担ぎ上げて、馬車に投げ込んだの! まるで荷物みたいに!」
「あの時は、急いでいましたからね」
アレックスが苦笑いをする。
「城へ着いてからもわたくしが逃げ出さないように、アレックスは私を担いだままバーサを探しに礼拝堂へ行ったの」
「私にドレスの着付けはできませんから」
「礼拝堂は大騒ぎでしたわ! 混乱に乗じて逃げようとしたら、祭壇の前にアンドレアがいらしたの! その時やっと、わたくしの婚約者はわたくしの想い人だとわかったのです」
「だからと言って、キスをしなくても……」
アレックスが控えめに抗議をする。
レティシアは激しく首を振った。
「たとえ人を欺くことはできても、神を欺くことはできませんもの! 神の御前で婚約をしたのなら、それを打ち消すには婚姻しかないと思いましたの!」
「それでいきなりのキスですか……!」アレックスは、あきれている。
「そうなの♡ 後で婚約は成立していないと聞かされて、本当に嬉しかった! これもマユが言い間違いをしてくださったおかげです! 感謝していますわ!」




