戦うか、戦わざるべきか……?
「…………すみません。私が失敗したばっかりに……。これから戦争が始まるのでしょうか……」
ガックリうなだれるマユの前で、王と三人の王子たちが顔を見合わせる。アレックスはマユの前で手を振って注意をひくと、無言で部屋のすみっこを指差した。壁際に置かれた優美なソファに座って、アンドレア王子と儀式に乱入した女がイチャイチャしていた……!!!!
「っっっ!?」
何が起こっているかわからず二度見、三度見するマユの顔を、王と王子たちは無言で見ている。
「ど、どういうことですか……!?」
人目もはばからずイチャイチャしている二人に、アレックスが声をかけた。
「お二人とも、マユが目を覚ましました。どうぞこちらへ」
二人は手を恋人つなぎにして立ち上がると、いそいそとマユの側へ寄ってくる。そんな二人のようすを見て、アレックスは苦笑しながら口を開いた。
「ご紹介します。ザクセン王国のアンドレア王子と、プランタジネット王国のレティシア王女です」
「えええええっっっ!?」
マユの悲鳴が部屋中に響き渡る。王と三人の王子は、さもありなんという顔をしている。
「ど、どういうこと!?」
「レティシア、説明をお願いします」アレックスの呼びかけに、レティシア王女が進み出た。
「初めまして。わたくしは、レティシア・ローズマリー・プランタジネット……」
「違うよ。僕と誓いのキスを交わしたのだから、もうプランタジネットじゃない。ザクセンだ」
アンドレア王子が優しく訂正する。さっきマユを無視した顔とはまったく違う、愛情に満ちた眼差しだ。レティシアはアンドレア王子を見て、ニコリと笑う。
「そうね。わたくしは、レティシア・ローズマリー・ザクセンです。マユ、わたくしの力になってくださって、ありがとう」レティシアはそう言うと、ひざを折って深くお辞儀をした。高貴な王女から頭を下げられて、マユは目を白黒させる。
「えっと……。色々と訊きたいことはあるのですが……。一番先に言いたいことを……。レティシアさんと私、ぜんぜん似てませんよね?」
レティシアは簡素な木綿のドレスを着ているものの、あたりを払うような気品に満ちている。ぬばたまのような黒髪に、意思の強さと美しさを兼ね備えた黒目がちな瞳、上品な鼻筋に、今にも笑いだしそうな可愛らしい唇、そして何より大きく盛り上がった胸元……。
「どう見ても、私とぜんぜん似てないんですけど?」
マユの意見に首をひねる一同を代表して、アレックスが口を開く。
「僕は似てると思うのですが、アンドレア王子はどうですか?」
「最初に礼拝堂で見た時は、てっきりレティシアだと思ったんだ! よく見ると違ったのでがっかりしたけれど、それでもやはり似ているよ」
マユはため息をつく。
「私をレティシアさんとカン違いしたんですか。急に態度が変わった理由は、それだったんですね」
アンドレア王子はすまなそうな顔でマユに頭を下げる。
「夢にまで見た彼女と再会できたと喜んだのに違っていたのでつい……。不快な思いをさせたのなら謝るよ」
反省しているアンドレア王子を見て、レティシアは微笑む。
「マユは人でしょう?」
「人?」
「エルフやドゥワーフじゃない種族」
「人間という意味ですか? そうです」
「この世界は他の種族もたくさん暮らしているから、人というだけで似ていると思われるの」
「そうですか……?」
「その上この世界で黒髪は、すごく珍しい色なの! 黒髪だけでも珍しいのに、マユは眼の色も黒いでしょう? 亡くなられたお母様は別にして、わたくし以外の黒髪と黒い瞳を見るのは、マユが初めてよ! 他の人から見ると、きっとそっくりに見えるわ!」
「そうですか……。なんとなく理解できました」
レティシアはマユの顔をじっと見つめると、可憐な笑顔を見せた。
「わたくしに似ているというのもわかりますけれど、元気だった頃のお母様にそっくりですわ!」
王子たちは目を丸くする。
「私の記憶にある母上は、もっとほっそりして透明感があったような……」
「それ、ディスってますよね?」マユがアレックスを睨む。
レティシアは少し悲しげな顔で弟たちを見る。
「あなたたちがおぼえているお母様は、ご病気で体調が思わしくなかった頃のお母様よ」
「レティシアがおぼえている母上は?」
「マユのようにお元気でいらしたわ!」
アレックスは海のように青い目でマユを見つめる。
「マユは元気だった頃の母上に似ているのですか……。愛しく優しい母上に……」
小さなノエルは泣きそうな顔を髪で隠そうとうつむく。
「ボクも……ボクもおかあさまが大すき……。とってもすきなの……」
オスカーはノエルの金色の髪を撫でながら、何度もうなずいている。
レティシアが涙を浮かべながら微笑んだ。
「きっとお母様がマユを遣わしてくださったのね! 何もかもマユのおかげよ! ありがとう!」
気になっていた事がなんとなく解消されてほっとしたのも束の間、マユは嫌な事を思い出した。
「これから両国に戦争が始まるのでしょうか……?」
「まあ! ごめんなさい! 大事なことを言い忘れていたわ!」
マユは身構えた。自分のせいで両国に戦争が勃発する現実を受け止めるために。
レティシアは言った。
「大事なご報告があります」
「はい」身を固くして厳しい知らせを受け止めようとするマユ。
レティシアは声高々に宣言した。
「アンドレアとわたしは、夫婦になりました♡」
「えええええっっっ!? いま、ソレ言う~っっっ!?」
予想外の言葉に悲鳴をあげるマユ。他の者はそりゃそうだと、同情した目でマユを見つめた。




