みなさん、落ち着いてください!
アンドレア王子の爆弾発言に、バラルディ公爵まで目を丸くして驚いている。
不穏な空気を立ちのぼらせながら、プランタジネット王が進み出た。
「アンドレア王子、どういうことだ? 我が国との和平の道を選ばず、どうしようと言うのだ?」
プランタジネット王の後ろには、いつの間にか騎士団が立っている。それを見たザクセン王国の騎士団も、剣に手をかけて相対した。
「プランタジネット王……我がザクセン王国は、貴国との平和を望んでいる」
「しかし王子はレティシア王女と結婚できぬと?」
「申し訳ない……」肩を落とし、悄然と答えるアンドレア王子。
バラルディ公爵が口から泡を飛ばして王子を擁護する。
「先に邪悪神の名を口走ったのはレティシア王女です! 王子が謝る必要はありませんぞ! ザクセン王国を呪うとは、王の顔に泥を塗ったと同じ! 私は王の名誉をかけて戦う!」
「公爵、剣を収めてくれ。両国の平和がかかっているのだ」
「うるさい!」
プランタジネット王が取りなそうとした手を、バラルディ公爵が振り払う。両国の騎士団は剣を抜き、互いの間を詰めて構えている。今にも斬り合いになりそうだ。
その時、人込みを縫って女が飛び出してきた。簡素な木綿のドレスを着た女はアンドレア王子の胸ぐらをつかむと…………、
アンドレア王子の唇にキスをした!
「これで王子は私の夫よ!」
女は声高らかに宣言し、その場にいた全員があまりの出来事に声も出ず立ちすくんだ。
「貴様っ!? 何者だっ!?」
キスをされた王子は激昂して女の肩をつかみ、乱暴に自分のほうへ向けた。女の顔を見た王子は……、
「う~ん…………」
気絶してしまった!!
「うわあ~っっっ! 王子~!?」
「アンドレア王子が倒れた!」
「誰か医者を呼べ!」
「その女を捕らえろ!」
「我が国との婚姻が嫌で、下賤の女を差し向けるとは!」
「何を言う!? 女を遣わしたのは、そっちであろう!?」
「このままでは無事に済みませんぞ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「戦争だ!」
「両国に戦争が起きるぞ!」
「戦え!!」
「剣を取れ!!」
騎士団は剣を振り回し、あちこちで刃の火花が散る。正装した貴人たちは掴み合って罵りの声をあげる。ついさっきまで厳粛な雰囲気に包まれていた礼拝堂は、今や狂乱の大乱闘が繰り広げられる戦場と化していた。
「もう……ムリ……」
緊張が限界を超えたマユは意識を失った。
遠くで声がする。
「……だから……だ……」
「……でも……だって……」
「……私が……です……」
マユの意識は朦朧としていて、何を言っているのか聞こえない。
「……昔から姫を目覚めさせるのは、王子のキスと決まっている。ここは私が目覚めのキスを……」
「父上が王子だったのは昔のことですよ。ここは第一王子の私が」
「親父も兄さんも何言ってんだよ!?」
「みんなやめて! マユはボクのおよめさんだよ!」
(このままだとキスされてしまう!)
マユは飛び起きた。レティシアの広々とした寝室に、窓から明るい朝日が射している。
プランタジネット王と三人の美しい王子は、ベッドでマユが起き上がったのを見てほっとしたようだ。一斉に安堵の笑みを浮かべる。
(ま、まぶしい……。朝日よりも、美形揃いの笑顔がまぶしい……!)
思わず手で眼を覆うマユを、四人が取り囲む。王はマユの額に自分の額をピタリと当てて熱がないか確かめ、アレックスはマユの手を情熱的に握りしめる。ノエルはマユの首にかじりついて頬ずりをして、照れ屋のオスカーはマユに触れることができず子犬のような瞳で見つめている。
セバスチャンとバーサはテキパキと一同を引きはがし、四人をベッドから追い払った。
「ありがとうございます……」
マユの脳裏に先ほどの修羅場がよみがえる。邪悪神の名を呼んでしまった……飛び交う怒号……斬り合う騎士たち……見知らぬ女性の乱入……両国の争い……。もう日の出の後らしい……婚約の儀式は失敗だった……これから戦争が始まるのか……。




