そうか、オスカ……。
オスカーとノエルは落ち着かないようすでソファに座っている。セバスチャンは二人の前に焼き立ての丸パン(!)やベーコンエッグ、サラダにフルーツ、淹れたての紅茶をサーブする。
「オスカー王子、ノエル王子、朝食をお召し上がりください」
「セヴィ、腹は減ってないんだ」
オスカーが緊張した顔で答えると、ノエルもこっくり頷く。
「どうぞお召し上がりください」
何も聞こえなかったかのようにセバスチャンは繰り返す。
「…………」
気が乗らないようすで二人が食べていると、バーサがマユを案内して部屋へ戻ってきた。王子たちは着替えたマユを見て、思わず立ち上がる。
「姉さん! ……じゃないか。でもソックリだ!」
「ほんとに、おねえさまみたい!」
さっそくノエルがマユに抱きつこうとするのを、バーサは笑顔でブロックする。
「レティシア様とちがって強い力を加えるとつぶれる部分もありますので、お手は触れないでくださいませ♪」
「つぶれるって?」ノエルが訊き返す。
「大人の事情ですよ♪ オスカー様、マユ様に儀式のレクチャーをお願いいたします。あたくしは、礼拝堂のようすを見て参ります」
「バーサありがとう。助かったぜ!」
バーサが軽い足取りで部屋を出てゆくと、オスカーはマユのほうへ振り返った。
「まだ時間がある。マユも朝食を食べておくといい」
「私、ムリ……。あちこち締め付けられて、おなかいっぱい……」
セバスチャンが焼き立てのフィナンシェと、香り高い紅茶をテーブルに置く。
「そう仰ると思いまして、軽い焼き菓子をご準備しております。何かお口に入れませんと、元気が出ませんから」
「セバスチャンさん、ありがとうございます」
「マユ様。どうぞセヴィとお呼びください」
セバスチャンはニコリと笑うと、すぐ無表情な顔に戻った。
「マユ、ここに座って」
オスカーが豪華な綾織のソファを指し示す。マユはふくらんだドレスの裾を蹴飛ばしながらソファに近づいて、苦労して座った。オスカーはドレスで身動きできないマユに、お菓子と紅茶を渡す。
「この後に礼拝堂でアンドレア王子と顔を合わせることになる」
「はい……」
「マユが……いやレティシアが『天空神ユーピテルの名において栄えある王錫を』と唱えて、王子に自分の聖石を渡す」
「おうしゃく?」
「王様が持ってる杖ってわかるか?」
「なんとなく……」
「アンドレア王子は王となる日に備えて、自分の王錫を作っておくんだ。その王錫の頭に据えるのが、レティシアから渡される聖なる石だ」
「はい……」
「王子からは、レティシアの宝冠を作るために聖石が渡される」
「はい……」
「王子がマユに聖石を渡して『天空神ユーピテルの名において光の冠を』と唱える。これで婚約が成立する」
「……オスカーあのね、儀式は他の人も立ち会うのよね?」
「そうだ」
「レティシアさんじゃないって気づく人がいるんじゃないの?」
「婚約の儀は内々の儀式だから、ごく少人数だ。相手のアンドレア王子は初対面だし、バレる心配はない」
「大丈夫かなぁ?」
「じゃあ行くぞ」
「えっ!? もう!? まだ心の準備が……!」
「婚約の儀は日の出前に済ませないといけない」
緊張で座ったまま固まるマユの手を、オスカーがつかんで立ち上がらせた。
「ありがと」
マユが礼を言っても、オスカーは手を放さない。しばらく下を向いて逡巡していたが、マユの目をまっすぐ見て言った。オスカーの手が熱い。
「今日の儀式は、あくまでもレティシアの代わりだ。マユが婚約するワケじゃない」
「わかってる」
「だから……だからマユは、俺の婚約者になってほしい」
「えええええっっっ!?」
のけぞるマユの横でノエルが抗議する。
「オスカー! ダメだよ! マユはボクのおよめさんなんだからね!」
「考えてくれ」
赤毛より真っ赤になった顔を隠すように、オスカーはドアへ向かった。




