キスの嵐!!
「えっ!? 兄さん、城はここから遠いぜ! 姉さんが見つかっても、儀式に間に合わないだろ!?」
オスカーの訴えを無視してアレックスは立ち上がった。
「マユのおかげで、レティシアが見つかるかもしれません。ご尽力に心から感謝します。さあ、帰りましょう」
アレックスがスツールを下りると、不満そうなオスカーも従った。それを見たマユが立ち上がる。マユの腕にしがみ付いているノエルは、自動的にくっついてきた。
「ノエル、もうお暇しますから、その手を放しなさい」
アレックスが促す。
「やだ! マユはボクのおよめさんだよ!」
「その話は、ノエルがもう少し大きくなってからにしましょう。今はレティシアを探し出すのが先です。国のためですから、ノエルも協力してくれませんか?」
少年はしぶしぶ手を放した。
「協力に感謝しますよ。それからマユにも」
アレックスが握手の手を差し出したので、マユは応じる。
「レティシアさんが見つかるといいですね」
そう言いながら手を差し出すと、アレックスはマユの手を取って引き寄せ、頬にキスをした!
「ななな、なにうぉっ!?」
動揺するマユの腰に優しく手を回し、アレックスは動きを封じる。美しい顔が目の前に近づき、甘い香りが鼻をくすぐる。
「近い! 近い! 近い!」
のけぞって逃げようとするマユだが、ホールドされて逃げられない。アレックスはニッコリ微笑むと、至近距離でマユの目をのぞき込む。ブルーだと思っていたアレックスの目の色は、間近で見るとうっすら紫色がかっていた。
「マユにどうやってお礼をしたらいいのでしょうか?」
「いりません! 何にもいらないから放して!」
「マユに会いたくなったら、どこを訪ねればよいのですか?」
「ここです! このお店にいますから、放して!」
「また会ってくれますか?」
「…………」
「会ってくれると約束してくださらないのなら、唇に約束を……」
アレックスの美しい顔が迫ってくる。
「会います! 会いますから、キスはやめてください!」
「そうですか? 唇へのキスは永遠の誓いを意味しますから、今すぐマユと婚姻が成立するのですが」
「キスも結婚もしません!」
ノエルが激しく抗議する。
「おにいさま! マユはボクのおよめさんです! やめて!」
微笑みながらアレックスが腕を解くと、腰が抜けたマユはドリドリやダズッチャのテーブルに倒れかかった。ドリドリがここぞとばかりに冷やかす。
「よう、ねぇちゃん! そのキレイな兄ちゃんと結婚することにしたのかよん!? 結婚式には呼んでくれよん!」
ドリドリを無視してゼイゼイと息をするマユ。
「今夜は私の夢を見てください」
アレックスは優雅にそう言うとカウンターに幾枚かの金貨を置いた。それを見たガングがあわてる。
「多すぎるって! こんなにいらねぇよ!」
「マユの探偵料です。それに勇者ガングとお会いできて光栄でした」
アレックスは軽く会釈して店を出て行った。
「マユ、あんがとな! ガングさん、今度、俺に剣を教えてください!」
オスカーはマユの頭をクシャクシャ撫でると出ていった。
「マユ、また会いにくるからね! ボク、おにいさまに負けないからね!」
ノエルは飛び上がってマユのほっぺにキスすると駆けだして行った。
王子たちの思わぬ行動に動揺して固まっているマユに、ドリドリが声をかける。
「よう、ねぇちゃん、結局ダレにしたんだよん!?」
マユは疲れ果ててベッドに横たわっていた。ニャルのようにガングと一緒に寝るわけにはいかないので、ニャルの部屋にガングとルウが客用の簡易ベッドを運んでくれたのだ。
ランプの火を消しても外の街灯で部屋はほのかに明るい。部屋には壁一面の飾り棚があって、たくさんの可愛らしい人形や置物、ドライフラワーが飾られている。
窓際には多肉植物やハーブの鉢植えがいくつも並び、部屋の一角にはたくさんの衣装が掛かっている。ニャルはコスプレが趣味なのか魔女のローブや騎士の衣装、お姫様のドレスまで揃っている。描きかけの花の絵が置かれたイーゼルや、縫いかけのドレスを着せられたトルソーがあって、ニャルの多趣味な生活がうかがえる。
マユは天井を見ながらため息をつく。いきなり異世界に飛ばされて、ドゥワーフの宝石さわぎに巻き込まれて、お姫様の失踪さわぎに美しい王子たち……。
「アレックスにキスされてしまった……。それにノエルからも……。前にキスされたのって、いつだっけ…………? 原稿を直さなきゃ……。でも元の世界に帰れるの……かな……?…………」
マユはいつの間にか眠ってしまった。
ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!
何かを叩く音でマユは夢からさめた。




