白薔薇の君は、どこに消えちゃったんだろう?
「あのぅ、レティシアさんは政略結婚がイヤで家出したんですか?」
マユの問いに、アレックスは美しい顔をしかめる。しかめても、やはり美形だが。
「それがよくわからないのです。ザクセン王家から結婚の申し出があった一年前は、冷静に結婚を受け止めていました。横で見ているかぎり、それなりに楽しんで婚礼の準備を進めているようだったのです。ところが半年前に『アンドレア王子と結婚はできません。探さないでください』そう書き置きを残していなくなってしまったのです」
「家出に見せかけた誘拐は考えられませんか?」
「手紙の筆跡は間違いなくレティシアのものです。隣の部屋ではアニナが……アニナはレティシアが生まれた頃からいる乳母です。アニナが寝起きしていますから、何者かが侵入すれば、すぐにわかります。どうやらレティシアは、アニナや見張りの門兵に眠り薬を盛って城を出たようで……」
「お姉さまが持ち出したのは?」
「身の回りの品だけです」
「誰か家出を手助けした人はいるのでしょうか?」
「今のところ、そういう者は見つかっていません」
「レティシアさんは、最初は結婚するのを楽しみにしていた?」
「そのように見えましたし、嫁いだ後に両国が歩み寄るよう色々と計画していました」
アレックスの言葉に、オスカーとノエルもうなずく。
「結婚に前向きだったのに、途中で気が変わった……。何かきっかけがあったのですか?」
マユの質問にアレックスの顔がパッと輝く。
「やはりマユは、頭の回転が速いですね!」
「いえ、ぜんぜん! 作家魂というか、取材したいというか……モゴモゴ」
「レティシアは婚約の儀を前に身を清めるため、聖タルーマ山へ行ったのです。さきほど勇者ガングが教えてくれた、ダイヤモンドの採れる聖なる山です。そして聖なる山から城へ帰ってきてから、ふさぎ込むようになりました。何かあったのかと尋ねても、要領を得ない返事をするばかりで……」
「何があったのでしょう?」
「わからないのです」
アレックスはため息をついた。
「お姉さまは今、どこにいらっしゃるのでしょう?」
マユの問いに、アレックスは悲し気に目を伏せる。
「それも、わかりません。まるで煙のように消えてしまった」
「……言いにくいのですが、もうこの世にいないという可能性は……」
「……わかりません……」
暗い見通しでうなだれる一同。ガングは慌てて話を変える。
「さっきアレックス王子が、間に合ったとか言ってたアレは何だ?」
赤毛のオスカーが飛び上がる。
「うわあ! それだよ! どうする、兄さん!?」
「もう、どうしようもありませんね……」
「ダメなの? 間に合わないの?」ノエルは怯えた顔で兄たちを見る。
「あわわ! いらんことを言ってしまったか!? すまん!」
さらに落ち込む三王子だけでなく、親切が裏目に出てガングまで凹んでしまった。重い空気を何とかしようと、マユはあせって口を開く。
「えっと、えっと、明日は何があるんですか?」
「客人が来るのです……」さらに落ち込むアレックス王子。
「客人?」
「ええ。レティシアの婚約者、アンドレア王子が隣国からいらっしゃるのです」
「ひょえぇ……!」
「結婚の儀は三か月後に執り行われます。それに先駆けて、聖タルーマの聖石をアンドレア王子とレティシアが交換する『婚約の儀』が行われるのです」
「聖タルーマの聖石……。ダイヤモンドですね」
「ええ。婚姻で結ばれる新郎新婦は、準備として身を清めるため聖タルーマ山に籠ります。身を清めた後に、聖タルーマ山で採掘された聖石を授けられるのです」
「それが半年ほど前のことですか」
「そうです。そしてお互いの聖石を交換すると天空神ユーピテルから婚約を認められ、後に結婚することができます。その聖石を交換する婚約の儀が……」
「……明日、なんですね?」
アレックスは愁いを含んだ顔で頷く。
「レティシアが何を思って出奔したかはわかりませんが、婚約の儀が無事に済めば3カ月間の猶予ができます。その3カ月の間に問題を解決できればと考えていたのですけれど、レティシアが見つからないと儀式はできません。ザクセン王家は体面を重んじる家柄ですから、顔に泥を塗られたと受け止めるでしょう。そうなれば我が国とザクセン王国に、争いの火種ができてしまう。レティシアもそれは望んでいないはずなのに、なぜ姿を現わさないのか……」
「レティシアさんさえ見つかれば、3カ月の猶予ができる……」
つぶやくマユの横顔を、オスカーがじっと見つめる。
「なあ、姉さんが見つからなくても、姉さんにソックリなマユはここにいるぜ……?」
オスカーの隣から、アレックスもマユの顔をのぞき込む。
「言われてみれば、そうですね……」
マユはのけぞる。
「私を身代わりにしようとしてますか!? ムリです! すぐにバレます!」
必死に否定するマユを、ノエルは鼻がくっつきそうな距離で見つめる。
「こんなに近くから見ても、やっぱりおねえさまソックリだよ。おっぱいは、なんとかなるんじゃないの?」
「胸とかいう問題じゃないでしょ!? ムリです!」




