第3話 日記 ~1日目~
アカデミーに無事入学した生徒は、用意された寮施設で生活する事が決められている。百五十を超える数の新入生全てに個室が用意されており、完全なプライベートゾーンとして使用が可能だ。
また、部屋の広さ、設備ともに申し分なく、さながら高級ホテルのような造りとなっている。
「凄いなぁ、この充実ぶり……流石は最先端技術の魔法を学べる場所」
背中を預けるマットレスの柔らかさに感心しつつ、僕はベッドの上で仰向けになっていた。
現在の時刻は二十一時半。消灯時間である二十二時まで、あと三十分だ。窓の景色は暗く、既に日が沈んでいる事を知らせてくれる。
「…………」
さっきも言った通り、この寮は完全個室制だ。当然、この部屋には僕しかいない。
なので僕が何も喋らなければ、必然的に静寂が訪れる事になる。そうなると自然に、僕は昼間の出来事を思い出してしまう。
『私には、貴方と関わる理由が無い』
御手洗さんの冷たい声音が、脳裏に何度も、何度も繰り返される。
僕という存在へ向けられた、明確な拒絶の意思。それは胸の奥深くに突き刺さり、今でも抜けない棘となって残り続けていた。
「どうして……あんなに避けられないといけないんだろう?」
僕には分からなかった。御手洗志紀という少女が何故、他人を近づけさせまいとするのか。無論、僕のアプローチが悪……あまり良くなかった事は否定できない。だとしても、彼女の応対は単なるバッドコミュニケーションで片付けられるモノだとは、僕には到底思えなかった。
「……御手洗さん」
この日だけで何度呟いただろう。気を抜くと僕は、自然と彼女の名前を口にしてしまう。明らかに変である事は自分でも理解している。どうも僕は、御手洗さんの事となると冷静ではいられなくなるらしい。
「一目惚れ、なのかな?」
一人なのを良い事に、冗談交じりに言ってみる。そうでもしないと、感情の整理が出来ないからだ。僕は天井を見つめたまま、静かに深呼吸をした。
「いやいや、流石にそれは急すぎるでしょ……」
自分の言葉を自分で否定して、僕は上半身を起こす。ベッドと真向かいにある机の上に置かれたデジタル時計が、消灯時間十分前を告げていた。そろそろ明かりを消し、寝る準備に取り掛からなくては。
「その前に……アレを書かないと」
ベッドから立ち上がった僕は、入学前に支給されたカバンから一冊のノートを取り出す。学園の物では無い、僕の私物だ。表紙には何も書かれておらず、中身も全て白紙。
「記念すべき入学初日なんだ。それを忘れたら駄目だよね」
広げたノートをテーブルに置き、椅子に腰かける。薄暗い室内でも書けるように電気スタンドのスイッチを入れ、ペンを握った。これで日記を書く準備は万端だ。
「よし、書こう」
気合を込めるようにして呟き、僕はゆっくりとペンを走らせた。
※
一日目。
今日は僕にとって、記念すべき一日だ。厳しい試験を潜り抜けた先に待っていた、魔法の世界。その入口となる学園、ウィッチクラフト・アカデミーへ無事に足を踏み入れる事が出来たからだ。合格の通知を受け取った時は夢を見ているんじゃないかと思ったけど、こうして日記を書いていると現実だという事を思い知らされる。それが何よりも嬉しい。
そのせいで、喜びのあまり心が落ち着かなくなっていたのかもしれない。入学式が終わった後のLHR。そこで行われた自己紹介で、僕は自分の名前を忘れるという失態を犯してしまった。担任のオダギリ先生のフォローもあって、何とか名乗る事はできたけれど……あの時の先生の溜息は忘れられない。ごめんなさい先生、次から緊張しないように頑張ります。
そんなこんなでLHRも終わり、新入生はそこで解散となった。正午の時点で放課後となった教室内で、僕は同じクラスの女の子に話しかけた。名前は……ミテライさん。銀色の髪が綺麗な女の子だ。正直、どうしてミテライさんに話しかけたのかは自分でもよく分からない。ただ、その時の僕はミテライさんの事が気になって仕方なかったのだ。そうして話しかけた結果、見事に撃沈。氷のように冷たい態度であしらわれ、マトモに会話する事が出来なかった。
「貴方と関わる理由が無い」
ミテライさんの言葉がどうしても頭から離れられない。夜になった今でも、静かになると自然と思い出してしまう。だというのに、僕はミテライさんの事を諦められないでいる。あの人と話をしたい。出来れば隣の席で昼食を一緒に取って、ミテライさんの事を知っていきたい。我ながら身勝手な話だと思う。だけど、僕はミテライさんと仲良くなりたいと心の底から思ったんだ。
……ミテライさんの話がずっと続きそうなので、今日はここまでにする。明日はミテライさんと話せますように。
※
「……ふぅ」
書き終えた文章を読み返してから、僕は小さくため息を吐いた。
入学前は予想すらしていなかった。入学初日の出来事を綴った日記の内容は、御手洗さんの事で大半が占められている。自分でもどうかと思うほど、僕は御手洗さんの事を気にしていた。
「ちょっと、気持ち悪いな……」
自分で書いた文章だというのに、日記を読み返した僕は気味の悪さを覚えていた。