第38話 一ヶ月で紡いだ繋がり(第一章完)
月曜日。昨日を最後に四月は終わりを告げ、今日から五月に突入した。
「入学してから、もう一ヶ月か……早いなぁ」
現在、八時ピッタリ。正門から校舎を見上げながら、僕はしみじみとした口調で呟く。
ウィッチクラフト・アカデミー。魔法という全く新しい技術を取り扱う、国内で唯一の教育機関。
今までの環境とは大きくかけ離れているはずの学園生活に、早くも適応している自分に驚いていた。
「同級生の女の子から教わった剣で、強いライバルを倒す……入学前の僕に聞かせても信じないだろうな」
自嘲気味に笑い飛ばし、校舎の中に入っていく。
いつものように教室に向かい、いつものように授業の準備を整える。そのつもりなのだが――
「うん……?」
気のせいだろうか。玄関前の廊下に屯している生徒達の視線が、僕に集中しているのは。
先週までは感じる事の無かった、周囲からの奇異な眼差し。
その理由を問い質す勇気が持てず、僕は足早に教室を目指す。
(なんなんだ、一体?)
廊下を歩く度に突き刺さる視線。それらから一刻も早く逃れたい一心で、僕は歩調を速めていった。
そして、自分のクラスが記されたプレートが見えてきた頃合いで、不意に背後から声をかけられるのだった。
「トモキ・レイバ、だな」
「ひっ!?」
情けないにも程がある、引きずった悲鳴を上げてしまう。怖々と振り返ってみれば、そこには金髪の少年が立っていた。
気品を漂わせた端正なルックスに、獲物を狩る鷹のような目つき。その少年を、僕は知っていた。
「エタン……グランベル?」
「フッ。名前だけならともかく、俺の顔まで覚えているようだな」
自ら名乗る前に言い当てられ、満足げな笑みを浮かべるエタン。彼の姿を目の当たりにして、僕は自分の記憶が正しい事を悟った。
だけど、今はそんな事は重要ではない。今、問題なのは彼が僕に声をかけた理由だ。
「えっと、僕に何か用……ですか?」
エタンに尋ねる僕の口調は、無意識の内に敬語へと変わっていた。
彼が発している――いや、こちらが勝手に感じているだけなのだろうか。見くびりを許さない威厳に満ちたオーラが、僕を萎縮させていたのだ。
「いいや? 別にこれといった用は無いさ。ただ……」
僕を直視するエタンの目が、更に鋭利なものとなる。
本当に獲物になった気分だ。冷や汗を流し、身の縮む思いを抱きながら、僕は言葉の続きを待った。
「シキ・ミテライ。タイムアップとはいえ、俺を相手に引き分けに持ち込んだ蒼雷の剣士。そいつが手塩にかけて育てている雛鳥に、いくらか興味が湧いてね」
「ひな、どり……?」
言うまでもなく、僕の事を指しているはずだ。御手洗さんが目をかけている存在として、エタンに興味を示されたというわけか。
「ナナセ・アマズミとの決闘試合。俺もギャラリーとして見物させてもらった。まさか特待生を負かすとは思わなかったが……それなりに面白かったぜ、お前の戦いぶりは」
「あ、ありがとうございます……」
御手洗さんに匹敵する実力を持つエタンに、よもや自分の戦い方を認められるとは。
一応、感謝の言葉は述べたものの、心の中では複雑な感情を抱いていた。
「新入生の中じゃ、俺を楽しませられるのはシキ・ミテライだけだと考えていたが……コイツは嬉しい誤算だ」
立ち止まっていた足が動き出す。僕のいる方向へ歩みを進めながら、エタンは言葉を締め括った。
「早々にガッカリさせてくれるなよ? トモキ・レイバ」
「……っ!」
真横を通過し、コツコツと靴音を響かせるエタン。
その後ろ姿を振り返る事が出来ず、僕はその場で硬直し続けていた。
(エタン・グランベル……)
気配を感じなくなった事で、やっと頭が働くようになる。
もし、彼と戦う日が来るとしたら。僕は勝つ事が出来るのか。それ以前に、あのエタンとマトモな勝負が成立させられるのか。
脳裏を過った疑問が不安となり、僕の中で渦巻いていく。
「……いや、よくよく考えたら今から気にする事じゃないな」
そして、その不安は数秒で吹き飛んだ。
そう、悩む必要なんてないのだ。今は五月。アカデミーに入学してから、まだ一ヶ月しか経っていない。なのに、訪れるかも分からない未来に怯えるのは、あまりにも馬鹿げた話ではないか。
ということで、エタンの事は忘れる事にした。
「よし、五月も頑張っていこう」
決意を新たに、クラスの教室に足を踏み入れる。
そこでも、僕をマークしているクラスメイトがいるとも知らずに。
「え~……?」
安全地帯だと思いこんでいた場所で、訳の分からない注目を浴びる。
廊下でやられる物とはまた違う、あからさまにアウェーな雰囲気に呑まれ、僕は戸惑いの声を上げる事しか出来なかった。
「来たぜ、噂の大物食いだ」
「アイツかよ? 入学一ヶ月で特待生を倒したって奴は」
「えっ、地味じゃん……なんか期待外れ」
なかなか手厳しい評価が、ざわめきの中から聞こえてくる。
この時になって、ようやく僕は人目を集めている理由を理解できた。
(そうか……土曜の決闘試合、その結果が学園中で話題になってるんだ)
冷静に考えれば当然の事である。朝から感じていた居心地の悪さに、脳の回転が鈍ってしまっていたらしい。
注目の原因を掴めたところで、僕の心は落ち着きを取り戻す。
(うん、悪くない気分だ)
自分の活躍に学園内が注目している。小っ恥ずかしい気持ちはあるものの、少なくとも悪い気はしなかった。むしろ、それが誇らしいとさえ思っている自分がいる。
日頃からスターになりたいと願っていた訳では無いけど。こうして誰かから認められるというのは、素直に嬉しかった。
地味と評された時は傷ついたが、それはそれとして。
「おはよう皆! 今日から五月だね!」
テンションが上がったおかげか、自然と挨拶する声が弾んでしまう。
クラスメイト達は面食らう中、親友のアキトが反応を返してくれた。
「……よ、ようトモキ。なんだよ、今日は妙に早ぇな」
彼の言う通りである。普段の僕であれば、ホームルームが始まる五分前に登校するのが常。
今日に限っては、二十分ほど早く来ていた。
「うん、もう五月だからね。ちょっと気合を入れてみたんだ」
「ほう、そうかい。その様子じゃ、他にも理由があるみてぇだけどな」
「アハハ。さすが僕の親友、よく分かってるよ」
アキトと軽く会話した後、ある生徒が座っている席へと向かった。その生徒は、今日も熱心に勉学に励んでいる。
「おはよう、志紀さん」
「……おはよう」
御手洗志紀。銀色の髪が綺麗な少女は、僕の顔を見上げてみせた。
堅牢な氷塊を思わせる無表情は今や昔、彼女の顔には温かな微笑が浮かんでいる。
「今日は随分と早い。何かあった?」
「うん。実は志紀さんに宿題を見てもらいたくて」
僕が早めに登校してきた理由。
アキトが察していた通り、それは志紀さんと一緒の時間を過ごす為だった。
「志紀さん……だってよ。先週まで御手洗さんって呼んでなかったか?」
「そういや日曜の朝、男子部屋の通路からミテライが出入りしていたって聞いたぜ」
「ええっ!? それ、ホント?」
「ケッ、色ボケしやがって……」
よく聞こえないが、なんだか在らぬ誤解が飛び交っている気がする。その手の噂は早めに否定しておかないと、後に大変な事になるのだが……。
「…………」
親指をグッと立てたアキトが、僕にリアクションを示す。
クラスメイトの事は任せておけ。声には出していないが、彼の目は確かにそう語っていた。
「宿題を……? 何故?」
志紀さんの声を受け、視線を彼女の方に戻す。頼みの意図が分かっていない様子で、僅かに首を傾げてみせていた。
「一応、自分でもやったんだけどさ。僕の頭じゃイマイチ分からない箇所があって……出来れば、志紀さんに教えてほしいんだ」
「…………」
答えを聞いた志紀さんは、すぐに返事をしなかった。かといって考える素振りを見せるでもなく、ただ僕の顔を見つめている。
やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。
「分かった。そういう事なら協力する」
「ありがとう、志紀さんが同じクラスで良かったよ」
「……それは、お互い様」
喜色を浮かべる志紀さんを見て、僕は思う。
彼女の傍にいたい。辛い時、苦しい時、悲しい時。そんな心が折れそうな時に寄り添える隣人でありたい。もう二度と、志紀さんに孤独を味わいさせたくない。
今はまだ、彼女に助けられてばかりの日常だけど。いつかきっと――否、必ず。志紀さんを支えられる人間になる。
それこそが、平凡だった僕が出来る最大の恩返しだ。
「志紀さん、この問題の術式がちょっと……」
「ふむ……解説の前に、まずは前の問題から見直してみましょう」
その為には、まず魔法について詳しくならなければ。途中で躓く事は多いだろうけど、心配は無いはずだ。
何故なら、このウィッチクラフト・アカデミーには――昔の自身が思い馳せていた『剣と魔法の世界』が実在しているのだから。
今回の更新を以って、更新を休止させていただきます。
一章の全改稿、及び二章全文が書き終わり次第に再開予定です。




