第17話 進み続ける剣士
仮想空間。多種多様な局面が再現されるフィールドの中で一人、志紀は佇んでいた。
「…………」
模擬決闘の時と同じく、その身に白のボディスーツを纏う彼女。周囲は暗闇に包まれており、彼女の姿だけが浮かび上がっている。 そんな状況の中、志紀は鞘を片手に握り締めたまま微動だにしない。
次の瞬間、志紀の周囲に変化が起きた。
「ッ!」
飛来する光弾。闇を切り裂きながら飛んできたソレに、志紀は即座に反応する。
鞘から抜かれた刀身が煌めきを放ち、迫る光弾を真っ二つに斬り裂いた。
「フッ! ハッ!」
光弾は一つだけではない。続けざまに放たれた第二波、第三波にも乱されること無く、斬撃によって対処していく。
途中、背後からも光弾が迫ってきたが、それも振り向き様に一閃。志紀にとっては造作も無い事であった。
「ッ!?」
今度は二つ同時。それぞれ別方向から襲ってきた光弾に対し、志紀は回避を選ぶ。無理に攻撃して被弾するリスクを避ける為だ。
避けられた二つの光弾は柔軟に軌道を変え、やがて一つの塊となって空にいる志紀に突進してくる。その大きさは彼女の身体よりも大きく、直撃すれば軽いダメージでは済まない。
「ハァッ!」
だが、志紀にとっては的が大きくなって好都合だ。間合いに入ったところで抜刀、寸分の狂いも無い斬線を描く。二つに戻った光弾は彼女の左右を通り過ぎ、幻のように消滅した。
「……ッ」
難なく着地した志紀の顔に、汗は一滴も見られない。
当然だ。今のは軽いウォーミングアップに過ぎないのだから。本番はここからである。
「……来るッ!」
空間そのものが牙を剥く。四方八方から迫りくる無数の光弾。先ほどまでとは比べ物にならない量と勢いだ。
まず志紀は攻撃を控え、回避行動に徹する。凄まじい弾幕の隙間を縫い、フィールド上を駆け抜けていく。その間にも光弾の数は増えていき、遂には視界を埋め尽くす程となった。
「見えたッ!」
何も問題は無い。既に彼女は盤面の掌握を終えていた。
志紀は瞬時に急停止し、刀柄を握る手に力を込める。直後、バチバチと音を立てながら刃全体に雷光が帯びた。
「電霆浄界!」
志紀の身体が稲妻と一体となる。雷鳴の如き轟音を響かせ、一筋の閃光と化して縦横無尽に飛び回る。
一瞬にも満たない刹那に繰り出された剣舞。それはフィールド全体に雷の残滓を残し、跡形もなく光弾を消し去ったのだった。
「……ふうっ」
猛攻が途絶えた事で、身体を覆っていた雷が霧散する。大技の使用で乱れた呼吸を徐々に整えながら、志紀は刀を鞘に収めていく――
「ッ!」
と、見せかけ。真後へ身体を反転させて抜刀した。
瞬間、志紀の耳に金属音が鳴り響く。彼女が目にしたのは、全身に甲冑を纏った騎士の姿。その手には、身の丈まであるだろう大剣が握られていた。
「くっ!」
パワーは相手が上。一瞬の衝突で悟った志紀は、剣の軌道を上手く逸らしながらバックステップを踏む。攻撃を受け流された騎士だが、少しのフラつく様子を見せず、堂々とした構えを取った。
その正体は仮想空間における戦闘プログラムの一つ。鍛錬を目的とする生徒の為に用意された、謂わば練習相手である。
そして今。志紀と対峙している騎士は、そのプログラムの中でも難易度の高いものだった。
「…………」
雷光が再び、志紀の白刃に帯び始める。騎士を見据えるその表情に、欠片の油断も存在しない。
この程度の敵に躓いてはいられない。模擬決闘で剣を交えたエタンと比べれば、眼前の騎士など取るに足らない存在である。
しかし、だからこそ彼女は気を引き締める。慢心から生じる窮地など、恥以外の何物でも無いのだ。
(辛勝では駄目。ただの勝利でも意味は無い。一分の被弾も許さない完膚なきまでの勝利でなければ、私は進めない)
放課後の訓練用アリーナ。そこで志紀は今日もまた、誰よりも強く在ろうと戦い続ける。