第16話 ロウソクに火を灯せ
「点火」
テーブルに置かれたロウソクの芯に、ボワッと小さな炎が灯る。ライターを使った訳では無い。僕が魔法の力で点火させたモノである。
魔法を扱うアカデミーならではの実技授業。実習室と呼ばれる広い部屋で、僕を含むクラスの生徒達は全員、魔法の実践練習を行っていた。
「うん、だんだん安定してきた」
二メートル先のテーブルで燃えているロウソクを見て、僕は満足げに呟く。安全の為、魔法を発動させる時は最低でも二メートルの距離を取る事になっている。
また、この場合における魔法の発動方法は以下の通りだ。
一、魔法石――読んで字の如し、魔法を封じ込めた鉱石である――のブレスレットを装着する。右も左も分からない新入生は、まずコレを腕に着ける事で魔力変換の感覚を覚えるのだ。
二、魔法を発動させる対象をしっかりと確認する。狙いが不明瞭なままでは、不発は疎か、暴走の危険性すらあるからだ。
三、対象に手を伸ばし、呪文を唱える。五体を用いる事で、対象に働きかけるという意思を明確にする。
以上が、基本的な流れとなる。この形式で何度も反復する事で、魔法の概念を身体に染み込ませていくのだ。
「この距離での点火は完璧かな。問題は……」
ロウソクの火が消えた。これは僕の魔法が持続時間を過ぎたという証である。
火の消滅を確認した僕は、今度は三メートルの距離を開けてから、再び同じ手順を繰り返す。
「あっ……」
しかし、結果は失敗。ロウソクに一瞬だけ灯った炎は、瞬く間に消えてしまった。
魔法の発動において、対象との距離感は重要な意味を持つ。二メートル先のロウソクに楽々と点火できたとしても、三メートルとなると途端に難易度が跳ね上がる。初めて魔法を扱う新入生には、これが中々難しい。集中力を十二分に高め、ロウソクにのみ狙いを絞ってからでないと火は灯せない。
アカデミーに入学できたとしても、簡単に魔法を習得できる訳では無いのだ。
「……もう一回!」
点火しては消え、点火しては消え。何度も挑戦を繰り返しても、ロウソクに灯る火は一瞬だけだ。
「はぁ……はぁ……」
失敗すること、およそ二十回。
魔力の変換に必要なエネルギーを大幅に消費した僕の身体は、既に疲労困ぱいの状態になっていた。
「駄目、か……仕方ない。一回休も」
このまま続けてしまえば身体が保たない。僕はその場にへたり込み、荒くなった呼吸を整える事にした。
「おーおー、そっちも苦戦してんだな」
声のした方を見ると、アキトが立っていた。彼も疲れ果てているようで、ヘアバンドを外した額からは汗が滴っている。
「アキト……いや全くだよ。ちょっと離れただけで、ここまで難しくなるなんて思わなかった」
「同感だ。いくら距離が開こうと楽に成功させられると思ってたよ。ほら、これで水分補給しな」
そう言われて、アキトからスポーツドリンクの入ったペットボトルを受け取る。すぐにキャップを捻って中身を飲み始めると、喉を通っていく冷たい液体の心地良さに感動を覚えた。
「ふぅ~……やっぱ疲れた時に飲むジュースは格別だね」
「だろ? 喜んでるぜ、俺らの身体がよ」
「ハハハ、分かる」
水分補給の大切さを実感ながら、僕とアキトは同時に息をつく。そして身体を休める合間を利用して、他愛もない会話を始めた。
「こうして実技を受けるとさ、特待生の凄さが身に沁みてくるよ。凄かったなぁ、土曜日の模擬決闘」
「だなぁ。御手洗サマもエタン・グランベルも、それはもう派手な魔法を見せてくれたぜ」
話題は自然と、特待生である御手洗さん達の話になる。
土曜日に行われた模擬決闘は、僕ら新入生に魔法とはどういったものなのかを教えてくれた。雷を利用した俊敏さで翻弄する御手洗さん。氷という固形物を自在に操り、相手を追い詰めるエタン・グランベル。どちらも剣技は勿論、魔法に関しても卓越した技術を持っていた。あれで僕たちと同じ一年だというのだから、恐れ入るしかない。
「僕もあんな風に戦ってみたいな。色んな魔法を使いこなして、カッコよくさ。さぞかし気持ちいいだろうなぁ」
「やめとけやめとけ。数種類の属性で戦うとなるとケッコーハードル高いぜ? 魔力変換の比率とか色々」
「良いでしょ、思うぐらいなら。でも確かに、魔力変換のコツは掴まないといけないか」
疲労が回復するまでの間、僕とアキトは楽しく語らう。その時間は僕にとって充実した、幸せな時間だった。