第15話 謝罪から、一歩ずつ
月曜の朝。教室に入れば、そこには当然のように御手洗さんの姿があった。
今日も彼女は、自分の席で参考書を読んでいる。周りに溶け込もうとする気配は見られず、やはり孤独を貫いているようだ。
「…………」
改めて、土曜の会話を思い出す。御手洗さんが特待生の座を手に入れるまで、どれだけの努力をしたのか。その過程を僕は知らない。
知らないが故に、安易な言葉で彼女を傷付けた。その事実を噛み締めながら、僕は意を決して御手洗さんに声をかける。
「おはよう、御手洗さん」
案の定、御手洗さんの反応は無い。だけど、それで良いと思った。
返事なんて期待してはいけない。ただ土曜の事を謝りたいだけなのだから。
「土曜日はごめん。君の言う通りだったよ。僕は君について何も知らない癖に、知ったような口を利いた。本当に申し訳ないよ」
頭を出来る限り下へ傾け、御手洗さんに謝罪の言葉を述べる。
パタン、と本を閉じる音が聞こえてきた。どうやら彼女がこちらに反応してくれたらしい。しかし顔を上げる勇気は無くて、僕は頭を下げ続けた。
「そう」
返ってきたのは、たった一言の素っ気ない言葉。だけどそれは、御手洗さんが謝罪を受け止めてくれた事を意味するので、僕の心は少し楽になった。最悪、拒絶される可能性もあったのだから。
「……これからは、もう二度と軽はずみな事は言わない。誓うよ。この件で安易な言葉は人を傷付けるって学んだから」
「好きにすれば良い」
御手洗さんが言うと、本のページを捲る音が再び響き始めた。
もう怒ってはいない、そう思いたい。これ以上の会話は迷惑だろうと判断して、僕は彼女の席からそっと離れた。
「……それじゃあ、また」
最後にそれだけ言って、自分の席へと向かう。
腰を下ろすと、遠巻きに見ていたらしいアキトが声をかけてきた。
「どうだ、氷女サマの応答は?」
「うん、何とか謝罪は聞いてくれたよ」
事後報告のように答えると、アキトはニヤリと笑みを浮かべた。
「ほぉ~そうかそうか。良かったなぁ、ガールフレンドと仲直りできて」
「ガ……冗談は止めてくれ。僕と彼女はそんなんじゃ……あっ」
御手洗さんが僕の方を見ている。いや、睨んでいると言った方が正しいか。彼女が使う魔法の如く、見る者を貫かんばかりの視線である。
「うぎゃあ!?」
まるで雷に打たれたみたいに、隣のアキトが悲鳴を上げた。御手洗さんが睨んでいるのは僕ではなく彼だったようだ。
何となく察した。アキトの冗談が彼女の耳に入ったのだと。
「ぷしゅー……うへぇ、心臓が止まるかと思ったぜ……」
「……後でちゃんと謝っておきなよ。今のはアキトが悪いんだからさ」
「んなコト言ったってよ……氷女サマが俺の話を聞いてくれると思うか?」
「知らないよ。後、その『氷女サマ』っていうのもやめときなって」
それから間もなくオダギリ先生が教室に入って来たので、僕らは会話を打ち切った。
朝のホールルームと共に、一日の学園生活が始まる。
※
四時間目まで終わり、昼食。僕はトレーを手に、アキトと一緒に席を探していた。
「おっ、見ろよ。氷女サマ……じゃなかった。御手洗サマが来てるぞ」
「え? どこどこ?」
アキトの視線に従えば、確かに御手洗さんの姿があった。
窓際の席。周りに人がいないその場所で、既に食事を開始している。
「ほら、チャンスだぜトモキ。隣の席でメシ食い始めりゃ、御手洗サマも断れねぇだろ」
「…………」
アキトが催促する一方で、僕は彼女を見ながら熟慮していた。果たして今、僕が御手洗さんの傍に行っても良いのだろうかと。
「いや、今日はアキトと一緒に食べるよ」
「へ?」
僕の出した答えに、アキトが呆けた顔をする。その表情が面白くて、思わず吹き出してしまった。
「アハハ、変な顔」
「じゃなくて! ……良いのかよ、行かなくて?」
そう訊かれて、僕は一瞬返答に詰まる。
本音を言えば、僕だって御手洗さんと一緒に食事をしたい。だけど、それは彼女の気持ちを考慮していない、自分の一方的なワガママだ。
だからこそ、今は我慢する。その事をアキトに告げた。
「勝手に隣に座って、勝手にご飯を食べる。そんな自分勝手な事なんか出来ないさ」
「トモキ……へっ、御手洗サマにどやされたのが随分と効いたみたいだなぁ?」
アキトは嬉しそうに笑って、背中をバシバシ叩いてくる。
その衝撃でトレーに乗った料理が揺れ、二人して慌てる羽目になった。