第12話 不本意な幕引き
『規定時間経過の為、模擬決闘を終了とする。双方、戦闘態勢を解除せよ』
審判のアナウンスが響くと同時に、アリーナの結界が解除された。暫しの間、お互いを睨み続けていた二人だったが、やがて指示に従うようにして得物を収める。
「タイムアップ前にはケリをつける……そんなつもりで仕掛けたんだけどな」
やれやれ、といった素振りで肩をすくめるエタン。癪に障る態度は変わらないものの、彼の言葉にはどこか称賛の意が込められているような気がした。
「完全勝利とまで行かなかったのは残念だが、俺とタメを張る奴に出会えたのは願ってもない幸運だ。お前とは、また戦いたいもんだぜ」
エタンは志紀へ悠然と近づき、握手を求めるように右手を差し出した。
一方の志紀はというと、敵対の意思を残した眼差しでエタンを見据えたまま。その手を握り返そうとはしなかった。
「まさか、全生徒が見守っている中で握手を拒もうとは考えてないよな?」
彼女の視線に怯む事なく、エタンはフッと笑ってみせる。
数秒における思考の末、志紀はようやく彼の手に自分のそれを重ねたのだった。
「お、終わった……結果は時間切れだったね」
観客席にて、二人の試合を観戦していたトモキが呟く。張り詰めた空気の中、緊張で息をする事も忘れていた彼は、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「お、おう。そうだな……予想外した」
同じく隣にいたアキトが、ぎこちない返事をする。極度の緊張感から解放された反動とは別に、模擬決闘の結果がタイムアップだった事が意外のようだ。
「凄いんだね、特待生って。御手洗さんも、エタン・グランベルも。まだ入学したばかりなのに、あんなに激しい闘いが出来るなんて」
「だろ? 満点突破は伊達じゃねぇのさ」
得意げに語るアキトは、まるで自分の功績のように胸を張っていた。なんで彼が自慢気になってるんだろう、と思ったのは一瞬の事。すぐに彼と同じ表情を浮かべ、トモキは嬉しそうに笑った。
※
アリーナの更衣室。選手の為に用意されたそこでは、シャワーを終え、アカデミーの制服に着替える志紀の姿があった。
「…………」
顔を俯かせ、つい先程の試合を振り返る。
エタン・グランベルとの模擬決闘。同じ特待生として、自らの手で確実に倒しておきたかった相手だ。
しかし、それは叶わなかった。痛手は与える事は出来ても倒すまでには至れず、結果はタイムアップ。負けはしなかったが勝ちもしない、非常に不本意な結果となってしまった。
(何をやっているんだ、私は……!)
唇を噛む力が強まる。湧き上がる悔しさで顔を歪ませながら、志紀は拳を強く握った。
悔しい、ただひたすらに。エタンの強さは事前に想定していた筈だ。自分と同じ特待生なのだ、その力を見誤る訳が無い。
だというのに、この体たらくは一体なんだ? 誰もいない空間の中で一人、志紀は己に問い続ける。
(強く……私は強くならなくてはならない! 他の誰よりも、ずっと!)
自分には何もない。縋れる肉親も、支えてくれる友人も。帰れる場所ですら志紀には無い。
だからこそ、彼女は強くなりたいと願う。誰もが認める絶対的強者、他を寄せ付けない唯一無二の存在に。そこまで至って初めて、自分は志紀という人間を証明できるのだから。
(次は負けない……負けてたまるか!)
心の中で叫び、志紀は顔を上げる。
引き分けなどという中途半端な結末は認められない。次は勝つ。エタンを完膚なきまでに叩き潰し、己の力を証明するのだ。
決意を新たに、志紀は用の無くなった更衣室を後にした。