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第9話 始動、模擬決闘(ビギニング・オブ・デモンストレーション)

 御手洗志紀は醒めていた。今から行われようとしている決闘の当事者でありながら、彼女は何の感情も抱いていなかった。


(こんなのは、ただの見世物)


 賭ける名誉も、果たす責務も存在しない。あるのは観客を喜ばせるだけの虚しい時間。

 無意味、無価値、無感動。そういった単語ばかりが彼女の頭を埋め尽くしていた。


「どうしたのかな? 直に試合開始だというのに、心ここに在らずといった様子だが」


 対戦相手から声を掛けられた事で、志紀の思考は中断される。ゆっくりと視線を声の主へ移せば、自分と同じ特待生――エタン・グランベルがそこにいた。

 一見、爽やかそうに笑みを零す彼。が、その眼は肉食獣のように鋭く、志紀を獲物として捉えているようであった。


「別に、何も」

「ククク、なるほど。だったら俺が代わりに言ってやろう。この決闘に、君は何も期待していない」


 エタンの読みは正しい。だが、わざわざそれを表明してやる義理は無い。志紀は無言を貫く事を選んだ。


「ああ、別に答えを聞こうとは思わないさ。反応を見れば一目瞭然だ。君の瞳には、一切の熱が宿っていないからね」


 見透かすような言葉。さながら自分の知性を披露するかのように、エタンは語る。軽蔑に似た感情が志紀の胸中を過るが、それも直ぐに霧散する。彼もまた、自分にとって興味の無い存在だ。会話に割く労力すら惜しいと感じる程に。

 やがてアリーサ全体へアナウンスが流れ、決闘の開始を告げる。


『これより、特待生による模擬決闘を開始する。双方、宣誓の句を唱えよ』


 審判の合図に従い、二人は同時に口を開いた。決闘において何よりも重きを置かれるモノ――誇り。それを胸に刻み込む為の言葉を紡いでいく。


『我等は魔を志す新生の雛なり。この身に刻まれた誇りと名誉の為、己が全てを賭して雌雄を決さん!』


 宣誓を終えた瞬間、波紋の如く広がっていく魔法陣。観客席へ被害が及ばないように、アリーナ全域を覆う障壁が展開された証である。

 同時にそれは、選手が魔法を存分に扱える空間が完成した事を告げていた。


『防護結界の展開を確認。両者、戦闘準備!』


 各々の得物を鞘から引き抜き、臨戦態勢に入る二人。志紀は日本刀を、エタンはレイピアを握り締めていた。互いに相手を見据えながら、開始の時を待つ。


(スリー)(ツー)(ワン)……ファイト!』


 試合開始と同時に、先に動いたのは志紀の方だった。速攻で決着を付けんとばかりに、地を蹴って一直線に突進していく。

 対するエタンは、その場から動く素振りを見せない。不敵に笑みを浮かべながら、迫り来る志紀を待ち受ける。


「フッ!」


 刃が擦れ合う、甲高い金属音が響く。志紀が放った横薙ぎの一閃が、レイピアによって受け流されていたのだ。

 すかさず志紀は刀身を翻し、今度は下方から斬り上げる。真下から迫る斬撃を、エタンはバックステップを踏む事で回避。これによって、二人の間合いが再び開いた形となった。


「ほう、何とも手速い太刀筋じゃないか。おかげで反撃が間に合わなかったよ」


 エタンの表情に焦りは見えない。余裕綽々といった様子で、志紀の攻撃を賞賛した。しかし、当の本人は感慨を抱く様子を見せず、再び刀を構え直すだけである。


「全く、返事ぐらいしてくれたって良いだろ? これじゃあ俺が、独り言を言ってるみたいじゃないか」


 やれやれ、と肩をすくめたと思えば、次の瞬間にはエタンの方から攻撃を仕掛けてきた。素早い踏み込みと共に繰り出される刺突。観客――特に新入生から見れば、目にも止まらぬ速さの一撃だっただろう。


「えっ、見えない……?」


 事実、観戦していたトモキは目を疑った。彼の視界に映るのは、刀を構える志紀の姿だけ。エタンの姿が消えてしまったと錯覚するほど、その動きは素早く、また鋭かった。


「ッ!」


 しかし、志紀にしてみれば見え見えの技だった。サイドステップを踏んで、軽々と突きを避ける。

 こんな攻撃は、回避できて当然のモノであった。志紀にとって――そして、エタンにとっても。


「……ククク」


 まっすぐに伸び切ったエタンの腕が水平に払われ、志紀の鼻先を掠める。初撃は当たらなかったが、これで終わりではない。

 エタンは志紀と向き直るなり、レイピアによる連続刺突を繰り出していく。


「くっ……!」


 速さ、手数に加え、的確に急所を狙ってくる正確さ。並の生徒であれば一方的に蹂躙できるだろう、見事なまでの技量をエタンは備えていた。

 だが今、彼が相手にしているのは志紀である。次々と放たれる刺突に一回も被弾する事なく、彼女は最小限の動きだけで避け続けていた。やがて見出した活路。


「そこっ!」


 僅かに溜めた最後の一突き。レイピアを持った腕が突き出すタイミングに合わせ、志紀は大きく刀を振り上げた。

「……ッ!?」


 下から攻撃を弾かれた事で、エタンの腕が上へと跳ね上がる。その隙を見逃さず、振り上げた刀を勢いよく振り下ろして追撃。

 間合いから少し外れた距離だった為、ダメージは殆ど与えられなかった。だが、体勢を崩したエタンを吹き飛ばすには十分過ぎる衝撃であった。


「ぐうっ、うっ……!」


 後方へ吹き飛ばされるエタン。着地には成功したものの、その両膝はガクガクと震えていた。先程のカウンターを受けた事で、一時的に足腰へ力が入らなくなったのだろう。

 一方、志紀は息一つ乱しておらず、平然とその場に佇んでいる。最初の攻防は、彼女が制する結果となっていた。


(あの状態から立ち直るまでに、そう時間は掛からないはず)


 しかし、勝ち誇るにはまだ早い。志紀の読み通り、衝撃から回復したエタンがレイピアを構える。当初と変わらず、その顔からは笑みが絶えていない。


「そろそろ良いだろう。ここからは本気と行こうじゃないか」


 そう。今までの攻防は、単なる小手調べに過ぎない。その証拠に二人は、一度も魔法を使っていないのだ。

 御手洗志紀と、エタン・グランベル。両者の本領は、これから発揮される事となる。

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