1−5 侵略
1−5 侵略
「分かったよ。リュックはある?」
エイトは背負っていたリュックを差し出した。
男は自分の机の下でゴソゴソと左右に揺れながら何かを詰め込んだ。そして、再度リュックを差し出した。
リュックを受け取ったエイトは一直線にトイレへ入る。リュックを開けると、中には服が入っていた。政府庁舎で働く職員の制服だ。そして、首から下げるIDの付いたネームプレート。プレートにはこう書かれていた。
「斉藤 雄二 聴覚障害」
窓口の男の名前である。
エイトと斉藤は去年の戦没者追悼記念日に出会った。
50年前、地球外生命体からの侵略を受けた、日本人にとっての運命の分かれ道となった日だ。
50年前の7月5日、正午を丁度回った頃、“それ”はやって来た。
その日東京では梅雨が例年より1週間も早く明け、多くの人が外に出て久しぶりに顔を出した太陽の元、土曜日の昼下がりを楽しんでいた。
快晴の空から灰色の巨大な雲がピンク色の雷を発しながら現れ、中から真っ黒な円盤が顔を出した。
後に判明したことだが、その大きさは東京都に匹敵する大きさであったと言う。
黒い円盤は上空約千メートル付近で出現した後、わずか数分で東京を覆うように着陸し、侵略を始めた。
彼らの侵略で最も恐ろしかったのは電気を奪ったことだ。
最初に関東に降り立った円盤は着陸すると同時に快晴の青空が緑に染まる不思議な光を放った。
光は巨大な円を描き、関東一円をすっぽりと覆ってしまった。
その瞬間、光の内側の電気製品、戦闘機からスマホ、テレビ、炊飯器に至るまでその全てが死んだ。
スクランブル発進した日米の最新鋭戦闘機も、円盤に一発の打撃を与える事も出来ず、紙飛行機のように墜落した。
光の外からの攻撃も無駄だった。光はバリアのような役目も果たし、海からのSLBM、アメリカ本土からのICBMとありとあらゆるミサイルが全くの無意味だった。
そして光の中で情報を得る術を無くした3千万人の人々は恐怖におののき、叫び続けた。
エイトはこれより先の事をよく知らない。ここから先彼らがどんな方法で島全体を侵略したのか、残った人々がどうやって島を出たのか、学校の教科書にはもう少し詳しく書いてあるらしいが、あいにく学校には一度も通ったことがない。
と、いうよりエイトにとって50年も前の北半球の小さな島国の出来事で、その戦没者の記念日はただの“狩り”日和だ。
この戦没者追悼記念は自治政府の最も大事にしている日で、市民のほとんどがパレードに参加する。戦没者の数はモニュメントや何かに記載出来ないほど多い。恐らく1億人を超える人々が人知を超える方法で殺害されたはずだ。
そのパレードで大勢の人が街に出て追悼式典に参加している裏で、いつもの仕事を済ませようと街に出た時のことだ。