1−4 協力者
1−4 協力者
政府庁舎の前に着くエイト。
ベースボールキャップを深々と被り、愛用の小さなバックパックからスプレー缶を取り出すと、黒いゴム手袋に吹きかけた。
スプレー缶からは肌色のスプレーが勢いよく飛び出した。
地下の子どもたちが愛用するもので、通称「代理スプレー」と呼ばれるものだ。
このスプレーをゴム手袋の上から吹きかけ、数分以内に誰かの指紋を触ると、そっくりそのままゴム手袋の上に印字される。
元々は行政職員が、身体の不自由な市民が生体認証をする時に自分の手に吹きかけて使っていたものだが、いつしか地下にも流通するようになり、様々な施設の不法侵入にも使われるようになった。
これに対抗するために政府は2つ以上の生体認証を行うようになった。特に声帯には力を入れ、街の至るところに監視マイクが置かれるようになった。
監視マイクとは、音を監視するもので、市街地やあらゆる施設内で、二四時間市民の話し声を拾い続け、登録にない声帯を拾った場合、即座に警察へ通報を行う。その制度は凄まじく、このマイクの“おかげ”で、マンホールチルドレン達は地上で一切の言葉を発する事が出来なくなり、中には本当に喋り方を忘れてしまう物も大勢いた。
全ての用意が揃って、正門からビルを見上げると、この街で一番大きな政府庁舎がエイトの事を微動だにせず冷たく睨みつける。これから始まる仕事を前に、武者震いを感じながらしかし堂々と、ビルの中へ飛び込んだ。
1階は、50番まである巨大な市民の受付専用ホールだ。1階だけで数百人の市民たちが、様々な手続きや申請の列を作ってごった返していた。クリアファイルを持って、1番から15番、15番からまた1番とたらい回しにされる者、25番の前で声を荒げて怒るもの。
地下で一番のまともな服も地上では違和感を感じる程粗末なものだが、誰も気に留めるものはいない。
警察官の間をすり抜けて、エイトは47番窓口へ着いた。
47番窓口には1人の若い男が大人しそうに一人腰掛けていた。
窓口には「聴覚障害窓口」のプレートが置かれていた。
「来てくれてありがとう。」
男は手話で丁寧に挨拶をした。
「ここなら大丈夫。」
「監視マイクも無いから話しても見つからないよ。」
男はエイトを安心させようとして、ゆっくり諭すように手話を続けた。
「喋り方は良く分からない。それより早く仕事をしないと。」