雪に青サギ 第二十六話
意識がなくなると、時間の感覚がわからなくなる。僕の目が最初にとらえたのは、見慣れない天井だった。いや、一回だけ見たことあるような気がする。記憶の片隅以上にもっと奥。自分のことを認識する前のことだと思う。これを記憶と言っていいかどうかは定かではないけど、どこか懐かしい感じはする。
右手と左手、それに何故か両足に変な感覚がある。手は柔らかい感覚と暖かい温もり。足は外気の影響で少し冷めているが、柔らかい感覚だけはある。誰かに四肢をそれぞれ拘束されている感じだろうが、それぞれの力が弱い。時間を確認しようにも、時計はどこにも見当たらない。首を動かした拍子に、左手が少し動いてしまった。
「起きたの?」
慣れ親しんだ声ではないが、ここ最近、最も求めていた声がした。
「おはよ。心配かけたかな?」
「うん。心配した。」
軽い会話をすると、四肢を拘束していた人間が次々に起きてきた。
「大地、心配かけて・・・」
右手を握っていた姉さんが泣きそうな顔で、力強く僕の右手を握る。
「心配したんだぞ!!」
何故か足を掴んでいた兄さんとその反対の足を掴んでいた拓人も反応する。
「なんで2人は足握ってんのよ。」
「仕方ないだろ。手は占領されているし、他につかむところといったら、脚くらいしかないだろ。」
「そこまでして掴まなくてもいいと思うけど。」
「人の心配を素直に受け止めろ。」
今更だが、どうやら、ここは病院みたいだ。家に帰った後の記憶がない。どのくらい意識がなかったのかわからないが、腕には点滴がつながっていた。体のどこも悪い感じはしないから、おそらく栄養補給のための点滴だろう。
「目が覚めたかな?」
白衣を着た先生が、1人用の広めの病室に入ってきた。
「体は何も問題ないよ。疲れが溜まってたんだろうね。緊張の糸が突然切れて、一気に疲労が襲ってきた。そんな感じだと思うよ。それと、寝ている時に、ずっと痛い痛いって言ってたから、一応、点滴の中に痛み止めを入れておいたから。骨とか筋肉には異常はなかったけど、おそらく、成長痛だと思うから。」
「成長痛ですか?」
「そう。何かのきっかけで、ホルモンバランスが変わったんだと思うよ。何か心当たりはあるかな?」
ここ最近での、僕の変化は一つしかない。僕とさやかは目を合わせて、お互いに俯いた。他の人は、何かを察したみたいにニヤニヤしている。
「ありそうだね。これ以上は聞かないけど、痛みがひどかったら無理しないこと。運動も痛む時は控えるようにね。」
「ありがとうございます。」
「痛み止めを出しておくから、ひどい時はそれ飲んでね。じゃあ、お大事に。」
お医者さんが部屋を出ていくや否や、足を握っていた変態2人からの集中砲火が僕にとぶ。
「何が心当たりなんでしょうねぇ。お兄さん?」
「それは、わたくしの口からはいえませんなぁ。拓人君。」
2人とも嫌な顔をする。子供が新しいおもちゃを買ってもらった笑顔とは違い、なんとも卑しい君の悪い笑顔。
「2人とも大地に先越されてくせに、よくいじれるね。そんなんだから、モテないし、いつまで経っても彼女できないんでしょ?特に兄さんは焦ったら?」
姉さんから容赦のない言葉が2人に降りかかる。
「大地も、恥ずかしがることでもないんだから、堂々としてなさい!さやかちゃんは今度私に詳しく話すこと。いい?」
「それって、姉さんも聞きたいだけじゃ・・・」
「いいよね?大地?」
口角は上がっていたが姉さんの目は笑ってなかった。




