七夕の日に「幼馴染と恋人になりたい」と書かれた短冊を見つけたのだが、その筆跡がどう考えても俺の幼馴染な件
七月七日。
その日は、近所の商店街で七夕祭りが開催されていた。
七夕にあやかった限定商品が至る所の店頭に陳列されており、中央の広場では五メートルほどある笹が飾られていたりする。
商店街に入るまで、俺はすっかりこのイベントについて忘れていたのだが、中々な盛況っぷりだった。無料で短冊に願い事を書けるってところが、人を呼んでいる理由だろう。
母親に頼まれたおつかいも済ませた後、俺は中央広場へと足を運んだ。せっかくだし、俺も願い事を書こうと思ったのだ。
別に、本気で願いが叶うとは思っていないけれど、こういうのは気持ちが大事だと思う。
積み上げられた短冊から一つを手にとり、俺はマジックペンで願い事を書く。
さて、なにを書こうか‥‥‥。
タイムリープしたいとか、異世界行きたいとか、一等の宝くじを当てたいとか、そんな無謀な望みを書いてもアホらしいしな。うーん‥‥‥。
「‥‥‥よし」
三十秒ほど悩み、願い事を書き終える。
さて、後は笹に飾るだけだが‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥?
俺はパタリと足を止め、目をパチクリさせた。
他人の願い事を覗く趣味は一ミリもないのだが、たまたま視界に入ったのだ。
そして、反射的にその内容を読んでしまった。
『幼馴染と恋人になりたい』
願い事の内容自体におかしなところはない。
だが、その筆跡が明らかに見覚えのあるものだった。この癖のある丸字、独特な『な』の書き方、そしてバランスの取れた字の配置。
どう見ても、俺の幼馴染──伊波朱莉の書いたものだった。
もちろん、俺の思い過ごしの可能性もあるし、めちゃくちゃ筆跡が似てる人ってパターンもあるだろう。
だが、俺個人の主観で見れば、これはどう考えても幼馴染の書いた字だった。
「‥‥‥‥‥‥いやいや、まさかな」
俺は大きく首を横に振った。
まったく、なに妙なことを考えてんだ俺は。
「──えっ、く、久我⁉︎ な、なななんでこ、こここんなところにいるの⁉︎」
突然、背後から甲高い声が飛んでくる。
振り返ると、小刻みに身体を揺らし冷や汗を流す伊波がいた。動揺しているのか、呂律がうまく回っていない。
「ああ、伊波か。七夕だし、短冊に願い事を書こうかと思ってな。そっちこそなんで?」
「え、えっと‥‥‥そ、そう。あたしも短冊に願い事を書きに来たの。き、奇遇ね」
「そうなのか? じゃあ、これは俺の勘違いか」
伊波の言葉を信じるのであれば、彼女はまだ短冊に何も書いていないことになる。
であれば、この『幼馴染と恋人になりたい』ってのは、伊波とは別の誰かの願い事ってことか。
「勘違いってなんのこと?」
「ここにさ、伊波の字とすげー似てる短冊見つけたからさ。‥‥‥でも、俺の思い過ごしだったみたいだ」
俺は、笹に吊るされている短冊を指差す。
伊波は、不自然なほどだくだくと滝のように汗を流しながら、短冊の文字を目で追っていた。
「へ、へぇ‥‥‥。珍しいこともあるものね」
「だよな。初めてだよ、伊波と似てる字を見るの」
「‥‥‥そ、そんなことより、久我は、短冊に何を書いたの?」
「ん。あー、これだけど」
左手に持ったままだった短冊を、伊波に渡す。
伊波はしらけた目で俺の書いた字を読んだ。
「‥‥‥無病息災って、もう少し他の願い事なかったわけ?」
「なくもないんだが、色々考えた結果、ここに行き着いた」
「ふーん。もっと欲望に任せたこと書けばいいのに」
「そう言われてもな。高校生にもなって欲望丸出しの願い事書くのも変だろ?」
「‥‥‥っっ!」
「どうかしたか?」
「い、いや、別にどうってことはないわよ」
「そか。それで、伊波は何を書くんだよ?」
俺がそう問いかけると、伊波はおろおろと左右に目を泳がせる。仄かに頬が赤く染まっていた。
「‥‥‥久我にだけは教えない」
「ひでーな。まぁ別にいいけどさ」
「ちょ、少しくらい興味持ってよ。寂しいでしょ」
伊波が服の裾をグイッと引っ張ってくる。
俺に教える気はないくせに、興味を持たれないのは気に食わないらしい。
まったく、面倒臭い性格をしておられる。
そして、これは経験則だが、ここで気を利かせて『じゃあなんて書くんだよ?』と再度訊ねたところで、きっと教えてはくれない。
まあ、このまま無視したらしたで機嫌を崩しそうだから、聞いてやるけども。
「じゃあなんて書くんだよ? 短冊に」
「教えないけども」
「だと思った」
俺はため息混じりに言いながら、短冊を笹に括り付ける。さて、これでもう用事はなくなった。
「じゃあな、俺はもう行くわ」
「う、うん。バイバイ」
「おう」
俺に願い事の内容は知られたくないみたいだし、ここはいち早く撤退してやるべきだろう。
控えめに手を振る伊波に見送られながら、俺は踵を返し帰ろうと──
──した、その時だった。
突発的に強い風が吹く。
それに伴い、ほとんど裏側を向いていた短冊が、一気に表側を向いた。
隠れていた中身が露呈したのだ。
「‥‥‥み、見ちゃダメ!」
背後で、伊波が何か言っていたが、俺の視界にはすでに大量の短冊が映っている。
『幼馴染とイチャイチャしたい』
『幼馴染に私が作ったお弁当を毎日食べてほしい』
『幼馴染が私にゾッコンになりますように』
『幼馴染と両想いにしてください』
『幼馴染に可愛いって言ってもらいたい』
『幼馴染が健康でいられますように』
『幼馴染とデートがしたい』
『幼馴染が私の誕生日を祝ってくれますように』
『幼馴染と一緒にいられますように』
「な、なんだこれ‥‥‥」
俺は短冊を見つめながら、呆然と口にする。
全部、筆跡が伊波と一緒だ。見れば見るほど、伊波の字だとしか思えない。
いやでも‥‥‥違う、よな?
伊波と似た字を書く誰かのものだよな。だって、伊波はまだ短冊に何も書いてないわけだし。
「‥‥‥‥‥‥」
ふと、後ろに居る伊波に目を向ける。彼女は、ゆでだこのように真っ赤な顔をして放心状態になっていた。‥‥‥あ、あれぇ?
「伊波? 大丈夫か?」
「‥‥‥だ、だいじょーぶダイジョーブ。て、てか、なんであたしの容態心配されるの? 健康体なんですけど」
「いや、インフルレベルで顔が赤いからさ」
「ち、ちがっ──これは、そう、頬を引っ張ったの。だから、顔が赤くなったのよ」
「頬を引っ張ったって‥‥‥どうしてそんな愚行を?」
「さ、さあね。そんな気分だったんじゃない。知らないけど」
自分の事なのに、なぜか他人事のように話す伊波。おそらく、テンパっているのだろう。
今の彼女は、冷静に頭が働いてなさそうだ。
しかし、そうなるとつまり──。
いやいや、でも、あり得るのか? そんなことが‥‥‥。
俺の脳内で会議が始まる。この短冊を書いたのは、伊波なのか否かを判断する会議だ。
この現状を総括すると、明らかに伊波が書いたようにしか思えない。しかし、それと同時に、伊波がこんなことを書くとも考えられなかった。
いくら考えても結論に辿りつかない。
俺は俺で、頭がオーバーヒートしそうになる中、ふと近くを通りかかった七歳くらいの少女が足を止める。
そして、彼女は小さな手で伊波を指差すと、
「あ、さっきのたくさん『たんざく』かざってたおねーちゃんだ! また『たんざく』かざりにきたの?」
その瞬間、俺と伊波の間に形容しがたい気まずい空気が流れる。伊波は真っ赤になった顔を両手で覆うと、
「う、うわあああああああああああああああん⁉︎」
悲鳴を上げながら俺とは正反対の方向に走り去っていった。
伊波にスルーされた女の子は、「ほえ」と小首を傾げ疑問符を浮かべている。
俺はその少女の元まで歩み寄ると、膝を折って視線を合わせた。
「‥‥‥ひとつ聞いてもいいかな?」
「ん。なーに? おにーちゃん」
「さっき走っていったお姉ちゃんが書いてた短冊の中身って知ってるか?」
「うん。しってるよ! コレとか、コレとか、あとコレとか! ほかにもたくさんあってね、すごいんだよ。おねーちゃんみたいなのをごーよくっていうんだって! ママにさっきおしえてもらったの!」
「あはは‥‥‥そうなんだ。教えてくれてありがと。あと、迷子にならないようにね、あんまりママから離れちゃダメだよ」
「うん、わかった!」
少女はニッコリと笑うと、母親の元へと戻っていく。
さて‥‥‥。
──これから俺、どうやって幼馴染と接すればいいのだろう。誰か教えてください。
〜〜〜
七月七日。午後三時過ぎ。
あたし、伊波朱莉は商店街から猛ダッシュで帰宅した後、軽く鬱モードに突入していた。
「詰んだ‥‥‥完全に詰んだ」
部屋の隅っこで体育座りをしながら、あたしは魂が抜けたような声を上げる。
もうダメだ生きる気力が湧いてこない‥‥‥。
「‥‥‥はあ」
それにしても、迂闊だった。
あんな事になるくらいなら、いっそのこと短冊を回収しに行くんじゃなかったなぁ‥‥‥。
いや、後悔するならもっと前か。そもそも、短冊に願い事なんて書かなきゃよかったのだ。
ほんと、あたしって空回りしてばっかり。
一旦、今に至るまで流れを整理しよう。
今日、商店街で七夕祭りが開催されることを知っていたあたしは、事前に短冊に願い事をたくさん書いていた。そして、午前中のうちに短冊を笹に括り付けた。
けれど、家に帰った後でやっぱり人目を気にしたあたしは短冊を回収することに決めたのだ。
しかし、そこで問題が起きた。
再び戻ってきた商店街にて、あたしは偶然にも幼馴染と遭遇。反射的に声をかけてしまった。
そして色々あって、あたしが書いた短冊の内容を見られてしまった。
一応、まだあたしが短冊を書いたと確定はしていないものの、確定演出が出ているようなものだ。弁解もせずに走って逃げちゃったし‥‥‥。
「‥‥‥うわああああああほんともう何やってんだろ! せめて、適当な言い訳の一つでもするべきだったでしょ、絶対!!」
あたしは、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きむしる。
ずっと心内に秘めていた想いがバレた。
しかも、一番バレちゃいけない人にバレた。
こんなの耐えられそうにない。元より、あたしは豆腐メンタルなわけで。
告白して振られるのが怖いから、ずっと気持ちをひた隠しにしていたのだ。
それなのに、七夕に浮かれて、短冊に願い事を書くくらいなら‥‥‥と、妙な行動力を出してしまった。
「うおおおお時間よ戻れええええええ!」
あたしは、近くの壁に何度も頭を打ち付ける。
傍から見たら、狂気の沙汰だけれど、今はもう藁にもすがる気持ちだった。不可能だと知りつつも、時間が巻き戻ってほしくて仕方ない。
「ちょ、ちょっと何してるの? やめなさい朱莉」
突然、聞き慣れた声が割り込んでくる。
振り返ると、青ざめた顔をするお母さんがいた。
「ああ、母君ですか」
「母君って‥‥‥いつからそんなにお母さんのことを敬うようになったのよ」
「いえいえ、いつもいつも尊敬しておりますとも、さて、此度はどうされましたか?」
「アンタ、熱でも出してるんじゃないの?」
「大丈夫ですわ、お母様」
「どう見ても大丈夫じゃないわね」
お母さんは、頭を抱え小さく首を振る。
「小太郎君が家に来てくれてるんだけど‥‥‥その調子じゃ帰ってもらったほうがよさそうかしら」
「え? 久我が来てるの⁉︎」
小太郎ってのは、幼馴染の下の名前だ。
あたしは、勢いよく立ち上がり、お母さんとの距離を詰める。
「ええ来てるわよ。部屋に上がってもらった方がいい?」
「うん。上がってもらって! あ、でも、五分。五分だけ時間頂戴」
「わかったわ」
お母さんは、部屋から出て一階へと戻っていく。あたしは即座に部屋の片付けを開始した。
さして散らかっているわけじゃないけれど、一通り整理整頓がしたいのだ。
大急ぎで部屋中を駆け回り、室内を掃除する。
多分、これで大丈夫。綺麗な女の子の部屋だ。
あたしは、腰に手をつき額の汗を拭いとる。一仕事した後の達成感はなかなかに充実感をくれる。
さて、そろそろ久我が来る頃だけど──
「──え、ちょっと待って。なにこの展開」
ふと、あたしは冷静になる。
久我が家に来てくれたことで勝手に舞い上がっていたけれど、よくよく考えてみたらこれはかなりヤバいのでは?
短冊の一件があった直後だ。家に訪ねてきた理由はそれ関連しかないだろう。
あたしは、冷や汗を浮かべながら狼狽する。意味もなく、部屋中をグルグルと歩き回った。
「‥‥‥どうしよどうしよどうしよう。や、やっぱ帰ってもらった方がいいかな。でも、せっかく来てくれたんだし。でもでも──」
「──入っていいか?」
あたしが独り言を呟いていると、扉の外から声が聞こえた。少し低めの男の子の声だ。
こうなったらもう後先考えてはいられない。あたしは覚悟を決める。
動き回っていた足を止め、床に腰を下ろす。
そして、緊張で裏返りそうな声をどうにか調整しながら。
「‥‥‥ど、どうぞ」
彼を部屋の中に招いたのだった。
〜〜〜
現在、俺は幼馴染の部屋の前に来ている。
「どうぞ」と中に入る許可を得た後で、ゆっくりとドアノブを引いた。
伊波の部屋に入るのは、三年ぶりくらいになるだろうか。見知ったはずの場所なのに、妙な緊張感が走る。
いくら幼馴染といえど、女の子の部屋。
思春期真っ盛り、恋愛経験皆無の俺からすればハードルはそこそこ高いみたいだ。
「‥‥‥あ、あんまジロジロ見ないでよ」
「いやあんま変わってないなと思ってさ」
「そうでもないわよ。漫画とか増えてるし、この前クローゼットだって一新したんだから」
「へえ‥‥‥」
折りたたみ式のテーブルを挟んで、伊波と向かい合う位置に腰を下ろす。
俺の目が合うと、伊波はあさっての方角に視線を逸らしてきた。それを受け、つい俺の方も視線を逸らしてしまう。
気まずい空気が流れる中、伊波は挙動不審になりながら。
「それで、い、一体なんの用? 久我があたしの部屋に来るなんて久しぶりな気がするけど」
「あ、ああ‥‥‥そのえっと‥‥‥」
早速、俺が来た理由を訊ねられる。
だが、その答えはすぐには出せず、言い淀んでしまった。
もちろん、ちゃんと目的があってココに来た。けれど、その内容はなかなかに言い出しにくい。
伊波の方もある程度察しがついているのだろう。
表情がぎこちないし、さっきから冷や汗が止まってない。
一旦、俺は深呼吸する。気持ちを落ち着かせてから、本題に入ることにした。
これは非常に神経質な問題。本来であれば、俺が介入すべきではないだろう。
‥‥‥が、もうこの際白黒付けたほうがいい。
でなければ、今後どうやって伊波と付き合っていけばいいのかわからない。‥‥‥覚悟を決めろ俺。
「‥‥‥た、単刀直入に聞くけどいいか?」
「は、ははい。ど、どうぞ」
さながらお見合い当日みたいな居た堪れない空気の中、俺は慎重に切り出した。
伊波は、初めてバイトの面接に来た人みたいに背筋をピンと伸ばしながら、ゴクリと唾を飲み込む。
「その、伊波には好きなヤツがいる、よな?」
「‥‥‥っ。単刀直入すぎてビビるんですけど」
「だから先に断ったじゃんか」
「そうだけど、まさかそこまで真っ直ぐに来ると思わなかった。久我デリカシーなすぎ」
「うぐ、悪かったな。俺にそういうのあんま期待すんな」
「たしかにそうね」
伊波は苦笑い気味に言う。頬は上気していた。
この反応だけで、彼女に好きな人がいるのかいないのかは、ほとんど分かるのだが、一応言質を取っておこう。
「で、どうなんだ?」
「い、いますけど。それがなにか?」
せめてもの抵抗なのか、伊波はつっけんどんな態度をとる。開き直っているみたいだが、耳や首まで真っ赤だ。
「そうか」
「うん」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥え? それで終わり?」
いや、終わりなわけではない。むしろここからが本番だ。
だが、こっから先を切り出すのが勇気のいる行為だった。‥‥‥しかし、今更後には引けない。
期せずしてだけど、伊波の秘密を知ってしまったわけだし。このまま何事もなかったように過ごすのはダメだ。絶対。
「じゃあ、ズバリ聞くけどさ‥‥‥」
「‥‥‥う、うん」
俺が口火を切ると、部屋の中に緊張が走った。
空気中の酸素量が減ったような息苦しさが襲ってくる中、俺は腫れ物に触るようにゆっくりと口を開く。
「伊波が好きなヤツって‥‥‥誰?」
「‥‥‥‥‥‥は?」
俺の質問に対する伊波の返答は一音だけだった。
伊波は呆気に取られたように目をパチクリさせる。
さっきまで赤面していた顔色は元に戻り、真顔だった。
さすがにデリカシーに欠けた質問だったかもしれない。けれど、これはハッキリさせた方がいいと思ったのだ。
「えっと‥‥‥俺たちって幼稚園からずっと一緒だしさ。交友関係もわりと同じだろ? てことはさ、場合によっちゃ伊波に協力できると思うんだよ」
「‥‥‥ごめん。久我の言ってることがよくわかんない」
「え? だから、伊波って幼馴染の誰かのことが好きなんだろ。てことはさ、多分俺も知ってる人間ってことだろ? だったら、俺に協力できることがあるんじゃないかと」
「‥‥‥‥‥‥お前マジか」
伊波がゴミを見るような目で俺を見ている気がするが、別に変なことは言ってないよな?
伊波が短冊に願ったのは『幼馴染と恋人になること』だ。
最初見たときは、勝手に俺のことだと決め付けていたが、それは恐らく勘違い。
幼馴染ってのは、何も物心ついたときから一緒に居るヤツのことを指すわけではない。
人によってその線引きは異なるだろうが、幼稚園か小学校か、はたまた中学校の同級生まで幼馴染にカテゴライズするパターンもある。
つまり、伊波にとっての幼馴染は俺の他にもいるのだ。
であれば、幼稚園から高校まで一緒の俺なら、伊波に協力できると思ったのだ。
結果的に彼女の秘密を握ってしまったわけだし、この際協力関係にあった方がいい。伊波とギクシャクするのは、望むところではないしな。
「なにか俺、変な事言った?」
「別に‥‥‥平常運転なんじゃない?」
「なんか貶されている気がするんだが」
「てか、なんであたしの部屋に久我がいるわけ?」
「え? いや正規ルートで入れてもらったんだけど」
「幼馴染だからって、勝手に部屋に入んないで。ほんっっっと無神経! 早く出てって! もう帰って!」
「なに急にキレてんだよ。‥‥‥まだ話も終わってないし」
困惑する俺に、伊波はしっしっと片手を振ってくる。
「久我と話すことなんてないから。可及的に速やかに帰って。あと、短冊のことは忘れて。記憶から抹消しないと許さないから!」
「‥‥‥え、ちょ‥‥‥」
ぐいぐい背中を押され、俺は半ば強制的に部屋の外に出される。すぐにバタンと扉を閉められた。
ご丁寧に鍵まで閉めてくるあたり、もう中に入れる気は無いのだろう。伊波の機嫌を損ねてしまったらしい。理由はわからないが。
俺は頭を掻きつつ、
「‥‥‥なんなんだよ急に‥‥‥」
独りごちるのだった。
〜〜〜
なんなの。まじ信じらんない! ここまできて、その鈍感ありえる⁉︎ もう病気でしょ!
「久我のバカ‥‥‥」
バレたくないとは思っていたけれど、ここまできてバレないとそれはそれでムカついてくる。
だって、要するに久我はあたしのこと興味ないってことじゃん‥‥‥。
恋愛対象として見てないから、自動的に自分のことを排除してるわけでしょ。あたしのことは歳の近い兄妹とでも思っているんだと思う。ホント、ムカついてくる。
あたしはひとしきりクッションをペチペチ殴り八つ当たりした後、部屋を後にすることにした。
笹に吊るした短冊を回収しに行くためだ。久我があたしに興味ないのはもうわかった。潔く諦めよう。
告白せずに久我の気持ちを知れたと思えば、ラッキーとも言える。これで、少なくともこれまで通り幼馴染のままでいられるんだから。
あたしは一度大きくため息を吐くと、商店街へと向かった。
商店街に着くと、人気は少なくなっており閑散としていた。もう、十七時過ぎてるしね。子供たちは家に帰っている頃合い、今から短冊にお願いを書く人は少ないのだろう。
これなら短冊の回収も容易だと思い、あたしは早速行動を始める。‥‥‥と、その時だった。
「‥‥‥伊波」
背後からあたしを呼ぶ声がした。
反射的に振り返ると、そこには幼馴染の姿があった。
「あ、こ、これは‥‥‥っ」
『幼馴染の恋人になりたい』とあたしの字で書かれた短冊を、咄嗟に後ろ手に回す。
久我は、あたしの元へと歩み寄ると、小首を傾げて訊いてきた。
「それ回収するのか?」
「別に、久我には関係ないでしょ。てか、なんでいるのよ?」
「ちょっと考え事してたら、伊波の姿を見つけてさ‥‥‥それより、それ回収するなら俺にくれない? なんかもう短冊無くなってて」
「え‥‥‥あー‥‥‥」
見れば、さっきはあった短冊の山が無くなっていた。だから、閑散としてるのか。
「でも、もう書けるスペースほとんどないけど」
短冊の中には空白の部分は残っているけれど、そこにお願い事を書くには少し心許ない気がする。
大体、久我は『無病息災』とかいう面白味もへったくれもないお願い事を書いてた。なんでまた‥‥‥。
いや、大量にお願い事書いてたあたしが言えた義理じゃないけれど。
久我はあたしへと右手を伸ばすと、
「いいんだ。とにかく頂戴それ」
「まぁ‥‥‥いいけど」
どうせ捨てるだけだし、無理にあたしが持っている必要もない。言われるがまま、短冊を渡す。
と、久我は長机に置いてあるマジックペンを手に取った。
これからなにを書き足すのか、つい興味がいってあたしも近くでそれを眺めることにした。
「なにお願いするの?」
あたしの質問には答えないまま、久我は左下に自分の名前を書く。その行動が理解できず、あたしは頭上に疑問符を立てていた。
「なにしてるの?」
「願い事は既に書いてあるからな」
「は?」
「だから、俺も幼馴染と恋人になりたいってこと」
一瞬、意味が分からずボーッとしてしまう。
徐々に頬が熱くなる感覚に、あたしは狼狽した。
久我はあたしに向き直ると、短冊を手渡してくる。
「これ、飾っといてくれない?」
あたしは短冊を受け取る。けれど、すぐに笹に吊るすことはしない。頬を指で掻きつつ、ジトっとした目で久我を睨む。
「回りくどくない?」
「うぐっ‥‥‥それ言うか? まぁ俺もなんか変なことしてるなとは思ってたけど‥‥‥」
あたしの指摘に、久我は苦い顔をして喉を鳴らす。
と、小さく咳払いをしてあたしに向き直った。
「付き合ってくれ伊波」
「‥‥‥っ、こ、今度はいきなりすぎる! あ、あたしの心の準備できてないってば!」
「いや、告白とかしたことないんだから、わかんねーって。文句言うなよ。‥‥‥それより、返事は?」
真っ直ぐ目を見つめられ、告白の返事の催促をされる。あたしの人生史上、今ほど胸が高鳴っている時はない気がする。
心臓の脈を打つ音が聞こえる。あたしは、胸の奥から身体を熱くすると、マジックペンを手に取った。
短冊に書かれた久我の名前の隣に、あたしの名前も付け加える。
「‥‥‥こ、これが答え」
「どういうこと?」
「は? この期に及んでまだ鈍か──」
「冗談。‥‥‥じゃ、今から伊波、俺のカノジョな」
あたしは喉を詰まらせ、呆気に取られる。
久我があたしの背中に手を回し、優しく抱きしめてきた。
好きな男の子の体温や声を、こんなに身近に感じたのは初めてで‥‥‥あたしは、更に熱をあげた。
七夕なんて、ただのイベントだと思っていたけれど、本当に願い事が叶うこともあるんだ。
あたしは、頬をだらしなく緩ませながら、初めて出来た彼氏の胸元に顔を埋めるのだった。
〈完〉
最後までお読みいただきありがとうございました。
よかったら、感想聞かせてください。
評価していただけると幸いです(*^ω^*)