4話 脱兎
ドローンが入ってきた途端、今まで一歩も動いていなかった力士とフード、紫の三人が外へと歩き出した。
その集団から少し遅れる形で、黒人が舌打ちをしながら俺の横を通り過ぎた。一瞬見えた顔は苦虫を嚙み潰したような表情で、これはさっき荒木が呟いたセリオンというものに関係しているように思えた。
「な、なんだ急にぞろぞろと」
「とりあえずついて行って見ましょう」
最後に荒木を含む俺たち四人が倉庫からでることにした。
「何もいねーじゃねぇか」
藤田さんが周囲を見渡しながら言う。もとより時刻は11時を過ぎていて、辺りは真っ暗だ。すると、
ズシン、ズシン、ズシン
何かの足音がどんどん近づいてくる。そして、その姿が電灯に照らされ露になる。
尖った耳、むき出しの牙、突き出た鼻に裂けた口、外見は狼そのものだ。しかしその化け物たる所以はやつらが二足歩行だからだろう。少し前傾姿勢で、さらに体は筋肉が引き締まっており、巨大な手足には鋭い爪が光っている。
そんな化け物が四体同時に現れた。体長はそれぞれ異なっており、1,5mほどの小型の個体がいれば反対に2mを超える個体もいる。
しかし、その八つの目は等しく暗闇の中でも真っ赤に光っている。
「お、おい……話が違うじゃねぇか! あんなのどうやって倒すんだよ!」
藤田さんの悲痛な叫びが闇夜にかき消される。江崎さんも絶句していて、震えているのが分かる。でも、化け物がいつまでもじっとしているわけもなく。
「ゴァーーーーーーー」
雄叫びをあげながら、小型化け物が一体、力士目掛け飛びかかってっていった。
「く、むん」
力士はその勢いを受け流し、胸の毛を掴み、一本背負いの容量でコンクリートに叩きつける。化け物から蛙を潰したようなうめき声が漏れる。
さらに追撃に足を振り下ろし、踏み潰そうとするが、化け物は軽い身のこなしで転がり、それを避け、元の位置に戻る。
今の一瞬の攻防で自分がとんでもない場所にいることを理解した。その間俺はじっと成り行きを見守ることしか出来なかった。
「グルゥゥゥ」
小型の化け物がこちらを睨みつける。どうやらターゲットを変えたらしい。完全なる野生の殺意の目、それに睨まれることで恐怖が全身を駆け巡り、心の奥底から逃げろという声が聞こえる。
「ひっ―――」
隣から声を押し殺したような悲鳴が聞こえ、振り向く。その時にはもう藤田さんは背中を向け、逃げ出していた。
そのことを皮切りにして、江崎さんと俺の二人も逃げ出した。他の参加者の横を通り過ぎる際、足にチクリと、痛みが走るが構わず、走り抜けた。
「んー、やっぱり初回からセリオンは厳しいよねー」
荒木夏音は化け物を前にしても恐れるそぶりはなく、さっきまでのように軽い様子で話す。しかし、その手にはしっかりナイフが握られており、臨戦態勢は整っていた。
フードの人物は背中の大型のケースから同様に大きなチェーンソーを取り出した。
一匹の化け物が五人の集団を通り過ぎ、逃げ出した三人を追いかける。
「見逃してよかっタノカ? あいつら知り合いじゃナイ? 」
ボクサーが夏音に問いかける。
「ぼくが追いかけたら三対三だよ? ロペスってセリオンにタイマンで勝てたっけ? 」
「無理ダ、小型はともかく大型に勝てるのハお前たち“シングル”くらいダ」
そう話しながらも二人とも化け物からは目を離さない。大紙たちを追いかけたのは唯一の小型種で、残っている三対は全て2mを超える大型種だ。
「まあでも、多分大丈夫だと思うよ? 何もしなければね? 麻酔針だよねさっきの、まだそんなことしてるんだ」
そう言いながら、後ろの紫髪の男を見る。
「くひっ、誰がこんな化け物と真正面から戦うかよ」
そう笑いながら、紫髪の男は逃げ出した集団を追いかけるように走り出した。
荒木が目を離したのがトリガーになったのか、三対の化け物は一斉に四人に襲い掛かり、倉庫前での戦いが開始された。
「はぁ、はぁ」
どれくらい走ったか分からない。一度立ち止まり、辺りを見渡すと、両側に木が生い茂っている街道だった。
「おーい」
江崎さんが、息を切らしながら追いついてきた。逃げる途中で切ったのか、腕からは血を流している。
「なんなんだ、さっきの化け物は、あんなのを討伐しろって無茶にも程があるだろう、岩橋君もそう思うだろ? 」
合流して間もなく、江崎さんの愚痴が始まる。それに対応しようと考えていると、右足に痺れを感じた。
「どうしたんだい? 岩橋く……」
江崎さんが、突如言葉を止める。もしやと思い振り向くと、そこにはあの化け物が追い付いて来ていた。すぐに逃げようとするが右足が動かず、こけてしまう。
江崎さんと一瞬、目が合う。その時、江崎さんは少しにやついていた。どんどん背中が離れていく。完全に見捨てられた。化け物はどんどん近づいてくる。
嫌だ死にたくないと声に出そうとするが、恐怖のあまり声が出ない。その間にも距離は目と鼻の先まで近づく。もう目を閉じることしかできなかった。
「……? 」
数秒しても痛みを感じず、恐る恐る目を開けると、化け物は俺を通り過ぎたようで江崎さんの方を追っていた。
「うわあああああああああああああああああああああああ」
数秒後、江崎さんの断末魔と、肉を裂くような鈍い音が聞こえた。
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