1話 目覚め
”バリアーズへの会員登録ありがとうございます"
目が覚めると目の前にはその文字があった……。
昨日、父さんの死が電話で知らされた。
電話をかけてきた警察が言うには、最近世間を騒がしている殺人事件に巻き込まれ、死体は司法解剖にまわされることになったらしい。
父さんの血縁者は俺しか居なかったため、葬儀は行われなかった。
母さんの話を聞くことは遂に叶わなかった。
父さんとは、物心つく前からずっと二人暮らしをしていて、発作を持っている俺を十八年間も一人で育ててくれた、尊敬する人だった。
そんな父さんの死が知らされたときは茫然とした。
そして、殺されたと知ったときは、悔しさや悲しさの感情が入り交じり、事件について寝る間も惜しんで、一心不乱に調べた。
調べる中で、死体は獣に食いちぎられたような無残なものであり、犯人は狂犬病患者だという説が、有力なものとして挙がっていた。
さらに調べていくうちに夜が更け、いつの間にか寝てしまっていた。
そして無意識の状態で変なサイトに登録してしまったらしい。
そこまで思い出したところで、携帯の画面を閉じ、ため息をつきながらも学校への支度を始めた。
朝食は取らず、発作を抑える薬を一錠飲み、玄関へ向かう。
「行ってきます」
いつもは言っていない言葉が自然と出た。
学校に着くと、窓際の席に座り教室中を眺める。
二日学校を休んでいたが特に何も変わってない教室になんだか少し嬉しくなった。
そしていつものようにうつぶせの体勢になろうとしたところで声をかけられた。
「岩橋君」
声をかけられるなんて思いもよらなかったので、体をびくつかせてしまう。声の主は俺のクラス三年二組の委員長である綾辻詩織だった。
眉目秀麗で成績優秀な彼女はその心優しい性格も相まって男子生徒からの人気が高い。
そんな彼女が何故話しかけてくれたのか分からないが、精一杯どもらないようにだけ心がけて返事をした。
「あ、綾辻さん。どうしたの?」
無理だった。
「先生から岩橋君に進路希望調査表を出すように伝えてって言われてたの。」
長く黒い髪を揺らしながら、微笑む彼女を見ると、ファンクラブが存在するのもうなずけた。
綾辻さんに言伝を頼んだ先生に感謝しつつ、綾辻さんにお礼を言い、教室を出る。
先生に進路希望調査表を出し、教室に戻る時に近道しようと思って通りかかった校舎裏で、いじめの現場を目撃した。
いじめをしているのは、同じ三年生で素行の悪さで有名な三人組で、いじめられているのは、ハーフだろうか? 金髪で身長は150㎝くらいの小柄な少年だ。
その少年を、一人が少羽交い絞めにして一人がサンドバックのようにして少年を殴っている。
もう一人はその光景を笑いながら眺めている。
胸糞悪いと感じながらも、俺もその光景をただ眺めているだけだった。そのとき、
「……ッ!」
少年と目が合う、その瞬間、心臓を直接握られているような感覚に陥った。
息が詰まり、体から汗が滝のように流れる。俺はいち早くその感覚から逃れるために走った。
いじめられているはずのあいつが、とても恐ろしく見えた。
「お“ぇ」
急激な吐き気に襲われる。
発作だ。
足がふらつき流し台に倒れ込む。
目がチカチカする。
薬を取り出す手が震える。
鼓動がどんどん早く、大きくなる。
よだれが首筋を伝う。
薬を口に放り込み、蛇口に噛り付く。
「……はぁ……はぁ、何が……」
今までも何度か発作が起こっていたが、それは薬の飲み忘れによるもので、こんなことは初めてだった。
今もまだ金髪のあの目が脳裏にこびりついて離れない。
「あと一つ」
発作が起こって初めて薬のことに気を向けた。
手持ちが残り一つで家にあるのを合わせても残り十三錠しかなく絶対に足りない。
薬はいつも父さんが買ってきていたため、どこで買えばいいか分からない。
そんな風に今後の心配事に思いを巡らせているとまたもや声をかけられた。
「岩橋君? 大丈夫?」
そう、今日二度目の綾辻さんだ。
嫌なことがあったら、良いことがある。人生塞翁が馬だ。
俺の顔色は最悪だろうけど、今は綾辻さんの笑顔が見たい、そして頭から離れない金髪の目を綾辻さんの笑顔で上書きしたい。
そんな邪な思いで顔を上げた。
「……ッ!?」
俺はその場からすぐに逃げ出した。
そんなはずがないと思いながらも一心不乱に走った。
今日の俺はどこかおかしいらしい。
父さんが死んで、まだ気が動転しているに違いない。
だって綾辻さんの目を見て、金髪と全く同じように底知れない恐怖感じたのだから。
その日は体調不良を理由に早退した。
「面白かった」 「続きが気になる」
などと思ってくれた方は広告の下の
【☆☆☆☆☆】をクリックしてして評価していただけると
励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。