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いつもありがとうございます。今回もよろしくお願いします。

「もう大丈夫かな?」

「えぇ、もちろんですわ、ユーリス!!」


 バラの庭園は広い、手入れが行き届いている。綺麗なようだがそこには死角があり、そこを縫うように入って来たのは泥棒のユーリスだった。

ユーリスは私より二つ年上で、年は17歳。スラム街の出身で王宮の外にあるらしい。そんな場所から来たユーリスのことを、ローズクイーンは白馬の王子よりも魅力的に見えた。


「もしかして、今日は少し不機嫌?」

「どうしてあなたはそうやって、私の心を見透かしてくるのかしら?」


 出会ったときもそうだった。誰もいない図書館で本を読んでいた時、ユーリスは急に現れた。ローズクイーンは驚きすぎて椅子から転げ落ちた。しかし、悲鳴を上げるよりも先に口に手を当てられ、、声を上げることもできずにローズクイーンは肩を震わせることは出なかった。

 そこでローズクイーンには初めてのことが三つあった。

一つは、城で見たことのない人物に出会うこと、普段は同じ場所にしかいないローズクイーンは毎日が代わり映えしなかった。そんな中に現れたイレギュラー、それが彼だった。王城に在籍する人間はきれいに整えていて、粗暴さのかけらもない。しかし彼は少し乱暴で、武骨で、どこかを男らしさを感じた。

次に危険な存在に出会ったこと。もしかしたらどうかされてしまうかもしれない。そんな気持ちが彼女の中でよぎったのである。城内で命を脅かすかもしれない、怖いとは無縁の少女が初めて、鳥肌が立ったのである。

そして、恋を知ったこと。震えた感情。心が揺れたというよりも一本の薔薇が思い浮かんだ。それが意味するところを少女は知らないが、この溢れる感情は「知りたい」だったとローズクイーンは後から決めつけた。


「あなた、名前は?」


 抑えられた口を撥ね退け、気が付いたときには名前を聞いていた。キラキラと輝く瞳は暗い部屋のわずかな光を反射する。自然と口角が上がり、目じりが下がる。もうすでに、ローズクイーンには怖いと思う気持ちすらなかった。

そんなローズクイーンにおろおろとしたユーリスは、一言「ユーリス」とつぶやくように教えてくれた。


「ユーリスはどうしてここにいるの?何をしに来たの?もしかしてお姫様みたいにさらいに来てくれたのかしら?私はローズクイーン。あなたのこともっと教えてくれないかしら?」


 質問が止まらないローズクイーンとは違い、周りをきょろきょろとするユーリスは何かを探しているようだ。ローズクイーンは話したいこと、聞きたいことがまとまらない。すべてを知り、すべてを聞きたかった。その一つ一つがつっかえて口からうまく出てこない。


「もしかして何か探してるのかしら?紅茶はお飲みになるかしら?執事のセバスティアンを呼びましょうか?ほかにケーキはいかが?それともコーヒーのほうがお好みですか?ここではなんですし庭のほうへ行きませんか?」


 すると、ユーリスの眉間にしわが入る。先ほどまでのやわらかで、穏やかな雰囲気はそこにはない。腰にあったナイフを取り出して、周囲の警戒をさらに強めた。


「どうしてお前はひとりなんだ?」

「読書の時、私はセバスティアンに一人にしてもらっていますの。この時間はそうですね、執事は食堂のほうでケーキを焼いてくれているはずですわ。私はそのケーキが大好きなのでぜひともあなたに食べてほしいのですけど……、いかがですか?」

「……」


 ユーリスは何も言わなかった。ユーリスが疑問を抱いていることは、ローズクイーンにはすぐに分かった。

「あまり警戒しないでください。私はあなたと友達になりたいの」

「と、友達?俺は泥棒だぞ」

 ユーリスは慌てた様子で、豆鉄砲を食らったように目をぱちくりと数回、まばたきをする。

 

「泥棒?関係ありませんわ。私はあなたと友達になりたいの。ダメかしら」

「駄目というか、俺は……」


 ユーリスが言いよどむと、図書室のドアをたたく音がした。

「お嬢様、ケーキが焼けましたがいかがなさいますか?」

 セバスティアンの声だった。今日は少し早く、図書室へ来たようで、ローズクイーンは慌ててしまった。彼の周囲を警戒する雰囲気がより一層強まったので、私は何か機転を利かして、というよりももっと彼と話したいという気持ちから、セバスティアンに少し待ってもらうことにした。


「少し待ってくれるかしら?」

「かしこまりました」

 ローズクイーンは慌てたが、それよりもユーリスの警戒が薄まったようで、どこか和やかに感じた。


「俺は帰る」

「あらもう行ってしまうのかしら?ぜひセバスティアンにも紹介して、お父様にも紹介したいのだけど」

 

開いていた窓のほうへ行くユーリスを見て、ローズクイーンは悲しい気持ちになる。でも彼が帰らないといけないこと、止めてはいけないことは間違いなかった。

彼は泥棒。本来はここにいてはいけない人間で、正式に出会うことができないのかもしれない。姫と泥棒、二人が出会うことはこれから先、あるのだろうか?

私は彼と一生会うことはできない。それは嫌だ。私はもっと彼のことを知りたい。聞きたい。彼とどこかへ行くのもいいのかもしれない、それはいいな。でもきっと彼はそれを望んでいいないのかもしれない。聞いたら嫌われるかもしれない。


 追いかけた手を止め、胸の前で固く結ぶ。そして言葉を絞り出す。


「またあえ……」

「また会いにくるよ」


 そして窓からユーリスは飛び降りた。ローズクイーンは心配になって、窓を覗く。そこにはもうユーリスの姿はなかった。その言葉、ローズクイーンが欲しい言葉をくれる。私はその時この青年がどんな優しい王子よりも優しく見えた。


「お嬢様?ケーキはどうなさいますか?」

 そこにいたセバスティアンはユーリスの姿には気が付いていないようだった。窓をのぞき込んでいるローズクイーンを見て、不思議そうな顔をする。

「なんでもないわ、ケーキ、頂くわ」

「かしこまりました」


 その時からユーリスはこうやって遊びに来るようになった。目的は一つ。ローズクイーンに会いに来てくれるのである。

 外から来ているとか、スラム出身だとか、誰にも見つかってはいけないだとかローズクイーンにどうでもよくて、彼女にとってはユーリスと話すことが彼女には必要だった。


つづきます。

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