小雪さんを苦手な話
どうも自分は彼女を好きにはなれない。
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クラスのすみっこで縮こまるように、人目につかないように。ただひたすらに息を潜め、誰とも関わらないで平和な学校生活が送りたかった。
でも、それは叶わなかった。きっとそれは、彼女の存在が大きいのだろう。
自分と同じで、誰とも話さない。周りに誰かがいたとしても、それを睨み付けるでも、そこから離れるでもなく、ただただ淡々と小説を読む少女。
クラスの人に興味はなかったが、その少女の名前だけははっきり覚えていた。
「(冬白、小雪)」
人間と言うより、精霊とか、妖精だとか言われた方が納得するような整った顔立ちに、優しげな、でもどこか見通してくるような透き通ったサファイアの瞳。
可愛らしさだけでなく、美しさすら網羅するかのような。容姿端麗、と言う言葉はこの少女のために生まれたのではないかと言わんばかりの見た目をしている。
この少女が嫌い、とかそう言うわけではないのだ。ただ、苦手、なのだ。
少女に出会ったのは去年。一年生の入学式。中学で苛められていた自分は高校生活ぐらいは大人しく過ごしていたいという思いのもと、自己紹介も端的に終わらせた。そして出席番号順に、彼女の番。
「冬白小雪です」
それだけの言葉を扇情的な小さな唇から発すると、いそいそと席に着いてしまった。
その一言が、その一言だけが、あのクラスを狂わせたのだ。
クラスの人間は、彼女を遠巻きに観察するような動きを見せていたかと思うと、いつの間にか彼女を持ち上げるような発言をし出した。
それは先生も同じ。所謂『姫』というやつだろう。
等の本人はたまに居心地が悪そうな顔をしていたが、別段表情を変えることはなかった。
どうしても、自分にはそれが怖くて仕方がなかったのだ。
それに、彼女と中学の頃から仲が良かったという潜木は何故か苛めの対象に仕立て上げられた。所詮嫉妬だろう。
どうしてもそれが、見てられなかった。
「なぁ」
クラスに人があまりいない時を狙って話しかける。彼女はこてん、と首を傾げると不思議そうな瞳でこちらを覗いてきた。
「来て、こっち」
相手の瞳を覗くと、呑まれる。なんとなくそんな気がしたので目を合わせることなく彼女の腕を掴む。少女は特に何も言うことなく、小さな歩幅で頑張って着いてきているようだった。
向かう先は、屋上へ続く階段の踊り場だ。
「お前、どうも思わないのか」
シン___、とここは静かだ。彼女も言葉を発することなく、聞こえるのはどくん、どくんという自分の心臓の音だけ。
「......なんか、言えよ」
次は、少し力を込めて。
正直言って、こんなこと彼女自身に言っても意味がないのはどこか自分でも気がついているのだ。でも、それを認めたくない自分がいるのだろう。ぐ、っと唇を噛み締めると、血が滲むような、鉄の味が口のなかに広がる。
ふるふると首を振っているのは見える。でも、その表情までは見えなかった。
瞬間、大きなカンカンカン、という階段を上る音。
「っ!小雪!!」
そこに現れたのは、彼女の友人である潜木。潜木は彼女を片腕で抱き締めるとこちらをいつも見ないような顔でギラリ、と睨み付けた。
「あんたね、小雪のこと泣かせたでしょ!?」
泣かせた?俺が?
「いや、そんな、俺は」
君を思って、と言おうとした。でも、言えなかったのだ。
だって今やってたことは、クラスの人間が潜木にやっていたことと同義だったから。
「あんたねぇ!」
彼女が腕を構えた瞬間、反射的に目を閉じた。多分グーパンかビンタが飛んでくるだろう。グッバイ俺。
しかし、結局顔に痛みが走ることはなかったのだ。
「めぐちゃん」
入学式ぶりに聞いた声。その声はどこかとても不安そうで。目を開けると、目尻に涙を浮かべた白髪の少女が潜木の腕を掴んでいた。
はくはく、と何かを伝えるように、その小さな口を動かすが、そこから出てくるのは声というにはほど遠く。
しかしその顔を見た潜木は「ごめん」と一言だけ言って、冬白小雪を連れ、その場から立ち去ってしまったのだった。
その日から、潜木は俺を見つける度にこちらを睨むようになってきた。もうヤケだ。こうなったのも冬白小雪のせいだ。自分を慰めるようにそう言い聞かせる。
グッバイ、俺の初恋。