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お別れ

「ねえ、その書類は君の潔白証明のものなんだけど。いいの?」


 私を馬車に乗せてくれたカナンは、大げさに私に眉毛を上げて見せた。


「いいのよ。悪役令嬢は故郷に帰る。婚約もお終い。お互いに自由。これこそ私達には必要なんだと思うわ。友情を憎み合いにしたく無いもの。」


「憎み合い?友人だというなら、どうして憎み合いになるのさ?」


 私は答えたくも無いと口をつぐんだが、カナンは私の答えを聞くまで馬車を出さないという風ににやっと笑って見せた。

 彼は父の手のものではなく純粋にノアの守り手であり、だからこそ私は色々と彼に相談もしてこれたのである。


 ノアの初恋らしきあの麗しきエディット嬢の事も。


 彼女は朗らかによく笑い、ノアのほっぺたをつねったり、抱きついたり、私にはノアにしたくても出来ないことを彼女は出来たのだ。それは、ノアこそ彼女との触れ合いが嬉しいと思っていたからだろう。


「イルヴァ様?」


「ええ。だって彼が好きな女の子がいるのにわたくしに縛られたりしたら、それは凄く辛くて私を憎むのじゃないかしら?エディットの恋心だってきっと真実よ。彼を手に入れるためにあそこまで芝居が出来る。ええ、私には出来ない行動を取れるぐらい彼女はノアを愛しているのよ。私こそ邪魔者でしょう?」


 ここまで吐露したのだから馬車を出してくれるものと思ったが、カナンは大きく溜息を吐いただけだった。

 私はカナンの脛を蹴った。


「いた!」


「早く馬車を出してくださいな。そんな遠くまでと言いませんわ。私の大叔母がすぐ近くに住んでいますもの。そこまでお願いします。」


「どうしてもアンジェラ叔母様に会いたいなら歩いて行けばいいし、僕が婚約者としてそこまで送るから安心して。」


 私はぐるっと振り向くと、馬車の戸口にノアがいた。彼は私が初めて見たと思うくらいに怖い顔をして私に向かって手を差しだした。

 私は反対側のドアから馬車を降りようと動いたが、対面に座っていたカナンが従者らしくノアの味方をした。

 私がドアに向かえないように、彼の長い足が私の行き先を封じたのである。


「もう!」


「さあ、降りて。カナン少佐は忙しいんだ。彼を首にしたくは無いでしょう。」


 この声や話し方も私の知らないノアだ。

 私はすごすごと馬車を降り、そして、私には本当の顔を一つも見せてくれなかった婚約者を見あげた。


 彼はまた初めての顔を私に見せつけていた。


 情けない程に目尻を下げ、恥ずかしいぐらいにだらしなく口角を上げたニヤニヤ顔で、なんと、頬は酔っぱらったかのように赤い。

 どこが灰色と聞きたくなるぐらいに、ノアは色めいているのである。


「ノア?」


 彼は何も答えるどころか、グイっと私を引き寄せて抱き締めた。


「ノア?」

 

 ああ、静まれ心臓!

 ああお願い、心が張り裂けちゃうから放してくださいな!


「よかった。君を手放さなくていいんだ。このまま君を俺に縛り付けていてもいいんだ。ああ、俺は君をずっと抱きしめていていいんだね!」


 本気でノアは私を殺す気だ!

 どうして夢みたいな台詞を口にするの?

 これじゃあ、あなたを諦められないじゃない!


「な、なにをおっしゃいますの!わたくし達は違いに自由になって、それぞれ別の恋をしようって話じゃないですか!」


 今は恋をしていなくとも、この先あなたが別の人を恋したら、私こそあなたを恨んでしまいます事よ!


「君はクリストファーが良かったのか!」


「そんな訳無いでしょう!あなたこそエディット嬢はどうなさるの?ほっぺをつねられてとっても喜んでいらっしゃったじゃないですか!」


「いやだから、俺はエディット嬢なんて愛してもなんかいないって。それこそ君に、ええと、君に、君は俺をって、ああ、俺は聞いていなかった!」


 そこでノアはいつものノアに戻った。

 それから、まだ発車していないカナンの馬車に私を乗せ上げたのである。


「ノア?」


「とりあえずアンジェラ叔母様の所に行って。」


「え?」


 カナンは両手で顔を覆って笑い出し、ついでに馬車の床を大きく蹴った。

 それを合図に馬車は走り出し、私は小さくなっていくノアを見つめるしかなく、盗んだはずの書類を奪い返されていた事を知っても悔しいとは思わなかった。


 だって、脳みそがそれどころじゃ無いのだもの。

 君は俺をって、何を言いかけたの?

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