悪役令嬢を弾劾
「あ、騒がしいですね。」
カナンは帰る気配も見せず、それどころかもう始まってしまったイルヴァ弾劾の生徒の動きに関わりたい気持ちを見せていた。
「君は帰って。」
「イルヴァ様の警護はさせてくださいよ。」
「あわよくば僕からイルヴァをかっさらいたいと考えるロリコンは帰ってください。あの子はまだ十五歳です。十七歳な俺にこそぴったりで、二十云歳のあなたには幼すぎると思いませんか?」
「幼すぎるからいいんですよ。殿下。」
俺は机にあった辞書をカナンに投げつけた。
もちろんカナンが素直にぶつかるわけがない。
俺は溜息を吐きながら椅子から立ち上がり、椅子の背に掛けていた上着を羽織った。それから忘れてはいけないカナンからの書類を左わきに挟み、机の上に置いておいたカナンには投げたくないものを手に取った。
「じゃ、出るから。」
「お気をつけて、殿下。」
部屋を出た俺はイルヴァのいる部屋、彼女の弾劾裁判の場へと足を運んだ。
彼等の前で彼女を信じないと言って彼女を放逐した方が、もしかして彼女こそ俺から解放されて幸せになれるのではないかと考えながら。
さて、暴徒達に守られているようにして囲まれているのは、怪我をして入院中のエディットであった。怪我人らしく青白い顔をしているが、銃弾に肩を穿たれて歩き回れる彼女は意外と頑丈なんだなと感心させられた。
さらに驚いたのは、自分こそ俺に俺殺害の弾劾を受けそうなのに、この急ごしらえの弾劾裁判の場にクリストファーが来ていた事だ。
俺には生意気な余裕顔しか見せない男が意外と青い顔をしており、そして、珍しく余裕のない顔で俺を見返した。
それはクリストファーだけでなかった。
他の生徒達も俺を見るや道を開けた。
逃げ出した、と言った方が正しいと思いながら首を傾げたが、俺が右手に持っていたものがガチャリと鳴った事で理由を理解した。
「あ、こりゃ脅えるか。でもさあ、仕方ないでしょう。俺が鍵穴を潰したドアを開けるにはこれしかない。イルヴァ、これからドアを開けるからドアの前からは逃げていて。」
俺は手に持っていた銃で鍵穴を撃ち抜いた。
するとドアはぎいっと音を立て、外側にゆっくりと開いた。
俺はその部屋の中に入ろうと一歩足を踏み出したが、なぜかクリストファーこそが急ぎ足で、俺を押しのけてイルヴァの部屋に飛び込んだのである。
「イルヴァ!ああ!大丈夫か!殴られはしなかったか!ああ!僕を想ってくれたばかりに、こんな馬鹿なことをするなんて!」
俺こそ馬鹿なことをして見せようかと銃を握る手に力がこもったが、俺のイルヴァがクリストファーに手を握られた事が嫌だという風に顔を歪めていた事で俺の緊張と怒りは少し納まっていた。
「クリストファー。それは君が僕の婚約者にちょっかいを掛けていたという告白なのかな?それとも、君はハンサムだから僕の婚約者も君に惚れていたに違いないという婚約者への侮辱かな。銃もあることだし、決闘でもしようか?」
「君は!違うよ!何を言っているんだ!イルヴァは僕に媚を売った事など無い良い子だよ!君こそ何をとち狂っているんだ!婚約者を信じずにこんな場所に閉じ込めて!恥を知れ!君の行動でイルヴァが君を殺そうとしたのなら、それは正当な行為なんじゃないのか?この暴力男が!」
「えーと。」
クリストファーは普通にイルヴァを心配していただけのようであり、イルヴァが濡れ衣だろうが真実だろうが庇う気持ちでいるらしい。
俺よりも婚約者な心意気な男に散々罵倒された俺は何をするべきだったのかしばし忘れてしまい、いつもの習性でイルヴァを見返した。
イルヴァは口元に手を当てて顔を下げて肩を震わせて、あ、笑っている!
俺がイルヴァの裏切りに歯ぎしりをした時、女の大きな声が停滞したこの場をこの場を粉々に打ち砕いた。
「クリストファー様、しっかりなさってください!イルヴァ様はクリストファー様を手に入れるために、ノア様を暗殺しようとした悪女ですのよ!あなたがここでイルヴァ様の肩を持たれたら、あなた様こそ黒幕だと名指しされます!」
俺は左わきに挟んである書類を引き出そうとして、俺のわきには何も挟まれていないことに気が付いた。
慌ててぐるっと身を翻し、イルヴァがいた場所を見返したが、やっぱりそこに彼女はいなかった。
伯爵令嬢の叫び声に注意を向けた数十秒で、彼女は俺から書類を奪って姿を消してしまったのである。
「ちくしょう!」
俺は叫び声をあげるや、イルヴァを捕まえるべく走り出していた。