魔女裁判
あの日、ノアが私を追って駆けだすやエディットは床に倒れ、クリストファーはノアを追いかけるどころか彼女を医務室に運ぶ羽目になったそうだ。
イルヴァを弾劾していた生徒達もクリストファー達の後ろにぞろぞろと続き、医務室にエディットを運び入れた時には彼と彼女だけでなく大勢の生徒で満杯の状態となった。クリストファーがノアを追いかけても見守りは残るだろうと、彼は再びノアを追いかけに行こうとしたが、彼の手はエディットに掴まれて放して貰えなかった。
「何か?」
「ありがとうございます。クリストファー様。」
「いいえ。肩に銃創があるのに動けるあなたの気力と体力に脱帽ですよ。」
「まあ、ですがこれこそ伯爵令嬢として生まれた者の矜持ですわ。不幸になる方がいると分かっていながら、ベッドに寝てはいられません。」
「そうですね。イルヴァは不幸な目に遭いましたね。」
「まあ!本当に不幸なのはあなた様ではございませんか。あなた様こそ今回のノア様暗殺の首謀者と思われているのでございますよ。」
「別にかまいませんけれどね。こんなことには慣れています。」
「まああ、お可哀想に、クリストファー様。あなたほどお優しい方ですから、騙されていらっしゃったとしてもわたくしたちは非難などいたしませんわ。」
「お気持ちは痛み入りますが、僕は本当に、探られて痛い腹など持っていませんよ。確かにノアは時々殺してやりたくなるが、ノアこそ僕に対しては同じ気持ちでしょうし、ねえ。」
クリストファーが戸口を振り向くと、息せき切ったノアが戸口に現れた。
ぜえぜえと肩で息しているノアは、茶色の大きな封筒を翳して振った。
「お帰り。イルヴァには何もしていないだろうね。」
「はぁ、はぁ。僕とイルヴァの事は、君には関係ないでしょう!」
ノアはクリストファーに言い返すと、ずかずかと医務室に入って来た。
そして、エディットが横になっているベッドの真ん前に出ると、手に持つ茶色の封筒を彼女が掴めない位置に翳し、欲しいか?と低い声で尋ねた。
「な、なんですの?」
「なんだろう?君の怪我についてのカルテかな。君は大怪我をしたんだ。それも僕を守るという英雄的行為。そんな行為によって出来た右肩の傷についての所見。せっかくだからさ、ここにいる皆に見てもらおうよ。」
エディットはノアの持つ茶封筒に向かって奪おうと身を乗り出した。
彼女の大きく宙を切ったその腕は、怪我をしたはずの肩から伸びる腕である。
「え、うそ。仮病?」
「怪我していなかったの?」
医務室ではエディットに対して否定の言葉がそこかしらで起こり、そんな声が起きるやエディットは大声を出して肩を押さえ、大きく痛がって見せながらベッドに転がった。
「怪我した方は反対。」
静かなノアの声に、エディットはハッとして反対の肩を押さえた。
その行為こそ怪我などしていないという証拠である。
「ひとつ、教えておく。怪我した振りをするならね、小さくても本当に怪我をしておくべきだよ。人はガーゼに滲んだ血を見ればそうだと思い込むし、君みたいに怪我をした肩がどっちか忘れることも無い。ちなみに、最初に押さえた方の肩が正解。」
周囲はどよめき、所々からエディットに対する嘲笑までも起き始めた。
そこまでして男の気が引きたいのね。
見苦しい。
最初からおかしいと思っていた、等々。
「ほ、本当に怪我をしていますわ!かすり傷でも怪我でしょう!」
「そうだね。かすり傷だったら、君の肩をかすった銃弾は何処にいったんだろう?どうして銃撃されて血で真っ赤なのに、君のドレスには穴が一つも空いていなかったんだろう。僕はずーと不思議なんだ。教えてくれないかな?」
「怖かったよ、彼は。それでいたたまれなくなったであろうエディットは、翌日に自主退学で学園から逃げ出した。」
私はクリストファーに教えてくれてありがとうと答え、最初からドレスに穴が空いていないと気が付いていたならどうして話してくれなかったのかと、婚約者に話しを伺うためにと踵を返して五時方向に足を運んでいた。
私が自分に向かってくると知って、ノアが驚くどころかとっても嬉しそうな笑顔を顔に浮かべた事が悔しいが。
読んでくださりありがとうございます。
悪役令嬢と婚約破棄、このお題は難しいですね。




