小さな恋の結末
俺は大きな花束を抱え、玉砕する前に真実の気持ちは伝えるべきだとイルヴァの滞在する館のドアをノックした。
ところがいつまでたっても扉は開かず、俺は尊敬するが時々逃げ出したくもなる近衛連隊長様直伝の解錠の手段を取ることにした。
婚約者に門前払いされたからと泥棒のようにして扉を開けるとは。
情けないと思いながら二本の金属棒をポケットから取り出そうとしたところで、ドアは俺に向かって急に開いた。
俺がドアの直撃を受けなかったのは、俺の持つ大きな花束のお陰だろう。
しかしそれは扉の直撃を受けて花々が折れて散ってしまい、俺はそれを持ってイルヴァに求婚をする事が出来なくなった。
「ま……あ、ごめんあそばせって、ああ、ノア!」
俺は彼女の一言で少し気持ちが華やいだ。
彼女は俺を呼び捨てにしたのだ。
それは俺がいない時には彼女が俺を呼び捨てにして何度も名前を唱えていた、そんな証明だからである。
俺は彼女が名前を呼んでくれたその声を絶対に忘れまいと心に誓い、ここで終わりになるだろう俺の本当の気持ちを彼女に差し出そうと口を開いた。
けれど、彼女の美しい瞳、俺の大好きな猫のような瞳が潤んで俺はそれだけで声が出なくなってしまった。
ああ、愛していると伝えたい。
「ノア!大好きです!大好きだからこそあなたが愛してくれないって辛かったの!私はあなたに会ったその日から、ずっとあなたが好きだったの!」
俺は茫然としながら、俺を抱き締めるイルヴァを抱き締め返した。
俺達の足元に花束だった残骸がボタッと落ちた。
これは夢だと思いながらも俺はイルヴァを抱き締め、嘘じゃ無いと彼女の艶やかで柔らかな茶色の頭の天辺に頬ずりをした。
だって声が出ないのだ。
俺だって愛していると言いたいのに、俺の声が出ないのだ。
彼女の髪からはネロリの柔らかな香りが漂い、俺は彼女をさらに抱きしめた。
そして、イルヴァに言葉を返せるようにと、大きく深呼吸をした。
「どうして、俺に告白する気に?」
馬鹿野郎、愛していると言え!
弱虫な俺がうじうじしていてもイルヴァはイルヴァだ。
俺よりも強い彼女は俺が彼女に伝えたかった言葉を返してくれた。
「父に本当の気持ちを伝えたの。そして思ったのよ。あなたにこそ伝えて玉砕しようって。そして大人しく婚約破棄を受け入れようって。それで、ああ、少し腕を緩めて下さる?」
イルヴァは俺を振り払いかけ、俺はどうしたのかと少し腕を緩めた。
すると彼女は俺が落としたボロボロの花束を拾い直し、それを嬉しそうに片手で抱きしめた姿で俺の腕に戻ってきた。
「ありがとう。あなたからいただくものは全て嬉しいわ。あなたは私があなたを好きになるその日まで待っていてくださったのね。ああ!お会いしたその日にあなたを大好きになっていたというのに!ごめんなさい!何も言わなくて本当にごめんなさい!ずっとあなたを愛していました!」
「こ、ああ、こ、こ、ああ!ちょっとまって。」
俺にこそ愛しているを言わせてよ!
俺はもう一度深呼吸をした。
深呼吸をしている間にイルヴァが逃げないように、俺の腕はさらに強く彼女を抱き締めていた。
「い、息が苦しいわ。」
「あ、ああ。済まない。ああ、ようやく舌が動いた。お願いだ。婚約破棄をしないでくれ。俺こそ君を愛しているんだ。そう。ずっとずっと愛していたんだ。」
ああ、やっと言えたと俺はイルヴァに微笑んでみせた。しかし、そこで俺は良い格好がようやくできるどころか、歓声を上げて縋りついて来たイルヴァに唇を奪われていた。
自称大泥棒の子爵の娘だ。
彼女はいつか完全に俺自身までも奪い尽くすだろうと、俺は彼女の柔らかな唇を堪能しながらその日に思いを馳せた。
この先は灰色なんて存在しない日になるだろうととも考えながら。




