大泥棒の方が良かった父
私がアンジェラ大叔母の所に籠って三日目、婚約者のノアは来ないが私の父親がようやく私に会いに来た。
「王子暗殺未遂犯の大罪人イルヴァ、君の汚名が喜ばしいよ。」
私に向かって腕を広げた父は近衛連隊長の白い制服にジャラジャラと勲章もぶら下げているという、娘の汚名に関わらず王宮で好き勝手にしていそうな元気な姿そのもので、私をとてもほっとさせた。
「お父様が王宮からお払い箱になって無いと分かって悔しいわ。次はもっとお父様を追い詰められる汚名を被って見せますわ。」
「それでこそ私の悪女でファムファタルだ。君の素晴らしさが解るのは、やはり、大人の男だけだろうな。私や、あのまだ青臭いカナン少佐、とか。」
「まあ、お父様。カナン少佐と仲がよろしいの?」
「ああ。君に会いに来る前に君に起きたことの全貌が知りたいだろ。ちょっとあの青年の腕を捩じって洗いざらい吐かせてみたんだ。」
これは冗談だろう。
冗談ですわよね、お父様!
「あいつはあ、なかなかの兵士だった。腕が外れても吐かないの。そこで仕方が無いからね、ノア王子に直接お話をと。」
「お父様!ノアに酷い事をなさってはいませんわよね!彼はお父様に殴られたってそれを大ごとにしませんわ。弱虫なんかじゃなくて、お父様を認めているから、そのことでお父様を失いたくないからよ。そんな覚悟のある方に、無体な事はなさってはいないでしょうね!」
父は無表情どころかつまらなそうな顔を私に見せた。
「どうかしまして?」
「いいやあ。私の大事な娘を傷物にしたんだ。少々歯を喰いしばる暴力を受けたってかまわないだろ。」
「お父様!」
私は父親の襟元を掴んでいた。
「何をなさったの?同じところを痛めつけてやりますわ。」
「おやどうして。君こそあの子を振ったんでしょうが。愛してもいないあなたと一緒はうんざりだわあって。私は人づてに聞いたよ。ねえ、婚約破棄が無事にできてよかったね。」
私はごくんと生唾を飲み込んだ。
そうしないと泣きそうになったからだ。
好きだから、彼と離れるべきだと覚悟をして、なのに、なのに、辛いのだ。
あの日馬車に乗せられて別れたが、あの日は私を手放さないで良くなったとノアは喜んでいたじゃないか。
でも、ノアが会いに来なかった理由が分かった。
知らない間に婚約破棄をされていたのだ。
「どうしたの?もっと喜べばいいでしょう。君の望みなんだから。」
「望みなんかじゃないわ!これは私の事情でしょう!どうして婚約破棄を私に直接に言ってくれないの!私はその程度の、どうでもいい妹みたいなものなの?」
「――思い当たらなかっただけじゃない?君こそ彼がどうでも良かったのでしょう。自分に恋をしてもいない相手に、業務的にこなしてどこが悪いの。」
「そ、そうやって、気持ちを解ってくれない鈍感な人の傍にいるのが辛くなったのよ!私は彼に恋をしていたわ!ノアが大好きだから辛くなったのよ!」
私はぐいっと父親に引っ張られてその大きな腕の中に抱かれた。
そして、良い子良い子と、私は幼い子供のようにして頭を撫でられた。
まるで、ノアを助けたあの日のように。
あの日、濡れ衣を着せた十一歳の少年を追い詰める目的だけで、大勢の大人達が酒蔵に押し寄せた。
筆頭はクリストファーの執事とその愛人らしき王子達の美しき家庭教師。
彼らはこっそりと解錠したうえで扉が開いていると大げさに叫び、酒蔵の扉を開けてみせたのだ。
しかし、そこには彼らの期待する絵は無かった。
私がカギを開けた時みたいに逃げ出す王子どころか、床に転がって眠りこける王子だっていない。
逃げられない状態で縛られている、涙目の王子だけである。
「おーい、どうやって縛られた子供が酒をパンチにぶち込めるんだよ。」
太くて低い男の声で、執事達が連れて来た大勢は執事達こそを責め始めた。
そこで慌てた執事が弁明にと両腕を開いたその時、彼の袖口から酒蔵の扉の鍵が転がり落ちた。
それは私が事前に仕込んでいた偽の鍵だが、そんなことを知らない大人達には誰が真犯人かは一目瞭然。
そこでノアは可哀想な王子だと大騒ぎになり、今まで身を寄せていたクリストファー一家から離され、王宮の別棟で母方の親族に囲まれて養育される事になったのである。
「ねえお父様。もしかして、今回もお父様の仕業?」
父はふふふと低い声で笑った。
「仕方ないじゃないか。大きくなった君は私に内緒ごとばかりだ。私は君の本音を聞きたくなったんだよ。ノアをどう思っているかね。大事な娘だ。惚れていない相手に嫁に出したくは無いだろう。」
私は呆れた様な乾いた笑い声を上げていた。
父は人を唆して悪事に手を染めさせるという、人の良識を奪う泥棒なのである。
「泥棒というよりはメフィストフェレスみたいなお父様。今度から聞きたい事が出来たらお手紙をちょうだい。そうしたらいつだってお知りになりたい事を素直にお父様にお伝えすると約束するわ。」
「約束しよう。それじゃあ、手紙を書く間がないから今回は言葉で聞くよ。君は本当にノアが大好きなんだね。」
「ええ。好きよ。好きだから愛してくれない人と婚約破棄をしたかったの。」
父は私をさらに抱きしめた。
とっても嬉しそうに喉を鳴らして、まるでお腹いっぱいになった猫みたいな感じで喉の奥で笑っているのだ。
「お父様?」
「ああよかった。俺はようやく死ぬほどの酒が飲める。今までは秘密をばらしたら大変だと、酒の量をセーブしていたからね。」
「お父様?」
父は私の耳元に彼が守らねばならなかった秘密を囁いた。
イクセル:王宮の警護人で王族をよく知っている男。
よく知っているからクリストファーの側近の不穏な動きも知っていた。
どちらの王子も可愛いので歪まないように離す方が良いと判断。




