五話:茶会
茶室と言う物がある。
それは極東の地特有の施設であり、客人に茶をもてなすための場だ。
畳張りの、何処か落ち着いた空気感が漂うその空間に、カガリとツバメは招かれていた。
「あの、これは一体どう言うつもりなのですか?」
「どうもこうも、客人には茶を出すものだろ?」
「まあ......はい。」
街中で、初対面の者を相手に突然攻撃を仕掛けて来るような非常識な存在が常識だろう?と言わんばかりに首を傾げる姿に、カガリは反応に困ってそう空返事を返す。
それに「だろう?」と笑うと部屋に置かれていた専用の道具を使い、鼻唄混じりに結構本格的にお茶を点てはじめる。
「えっと......それで、あなた様は何なのですか?先程はなぜ私達を襲って来たのですか?」
「ん?あー......そう言えば名乗っていなかったなあ!カカッ!これは失礼した。俺は酒呑童子、見ればわかると思うが鬼だ。」
「鬼......ですか。」
顎に手を当て観察するように、カガリは酒呑童子と名乗る鬼を見た。
鬼と言う生き物を、カガリは昔話や童話の中でしか聞いた事がなかった。
曰く、山程ある巨大な身体を持っており、その肌は血のように真黒く、鋭い爪と牙を持つ。
頭の巨大な角が特徴的な凶悪で獰猛で狡猾な怪異。
殺しを好み、争いを好み、略奪を好む、最低最悪、理不尽が形となったような怪物であるとか......
内面的な所はともかくとして、見た目が話で聞いてイメージしていた鬼とは余りにも掛け離れているために、カガリは頭を傾げた。
「それで襲って来た理由だったな。」
言いながら、酒呑童子が茶筅で混ぜ終えた茶をカガリに差し出す。
差し出された茶に口を付けるのを見て、満足そうに頷くと、酒呑童子はカガリからの質問に答えを返す。
「俺はな、死に方を探しているんだよ。」
「死に方を探している、ですか?」
「そう、死に方だ。俺はな......死ねないんだよ。」
酒呑童子は語る。
その昔、たくさんの仲間と共に人に悪さを働いた事を。
そのせいで人間に首と胴体を切り離された事を。
姑息な手を使われた事が気に食わなくて、あらゆる手段を用いてその時の死を回避した結果、殺せないと判断され都に封印された事を。
目覚めた時、何もかもが無くなっていて、死に場を誤ったと酷く後悔した事を。
そうして知ったのだそうだ、自分が死ねなくなっている事に。
「これでも思い付く限りの方法は試したんだぞ?目覚める時に喰らったここら一帯の悪感情を使い切るまでひたすら死んだ......以前ならこれで死ねていた筈なんだがな......無理だった。」
「悪感情とは?」
「恐怖や憎悪みたいな、生き物が生み出す心の闇だ。俺たち鬼はそれを取り込む事で生きながらえる。だからそれが無くなれば死ぬ筈だったんだけどな。」
「無理だったと?」
「そうだ。で、どうしたものかと困っていた時にお前たちが現れてな。思ったんだよ......あれ?これ運命じゃね?あいつらなら俺を殺せるんじゃね?と......」
「それで突然襲って来たのですね......」
「おうとも!いてもたってもいられなくてな!得体の知れない物が急に殺しに来たら、生きたい者なら全力で殺しに来てくれるだろう?面倒な説明もしなくて済むし、手っ取り早いと思ってな!」
カカッ!と笑う酒呑童子に、「私達が死んだらどうするつもりだったのですか?」と聞こうとして、しかし無駄な質問だと思い止めた。
吐き出そうとした疑問を飲み込むように、カガリはもう一度茶に口を付ける。
「でだ、今度は俺から質問だ......お前達は何でこんな所にいるんだ?こんな世界でなぜ生きてる?もしかしてお前達も死ねないのか?」
鬼からの質問にカガリは少し間を置いて
「確かに、死ぬために生きていると言う点ではあなた様と同じですが、私達は死ねない訳ではありません。」
そう答えた。
それで鬼は「ほう。」と興味深そうな視線でカガリを見る。
その視線を真っ向から受け止めて、カガリは続ける。
「私達は、理想の死に場を見つけるために今を生きているのです。」
次はカガリが自分達の事を語る。
小さな土地の神と、死にかけていた小さな命が、死んだ世界で旅をするに至った理由を。
鬼は神の話を静かに聞き、神の言葉しか理解する事の出来ないツバメは断片的な情報から、鬼の目的を何となくではあるが知った。
そうしてふと思った。
どうにかしてあげられないのかな?と。
そんなツバメの思考を聞くことの出来るカガリは小さな声で「仕方のない方です......」と呟いて頬を緩めた。
そうしてしばしの時が過ぎた。
鬼が点てた茶も飲み終えて、そろそろ茶会もお開きだろうといった頃
「酒呑童子様、私達と取り引きをしませんか?」
カガリが酒呑童子に唐突に取り引きを持ちかけた。
「何だ?何か欲しい物でもあるのか?ここにある物なら好きに持って行って構わないぞ?別段、俺が管理している訳でもないし、既に持ち主もいないしな。」
適当に答える鬼に、カガリは「そう言うわけにも行きません。」と少し食い気味に言い、そして更に続ける。
「良いですか?何事にも手順と言う物があります。何かを得るためには相応の対価が支払われるのは当然の事なのです。それになにより、持ち主が亡くなられたからと言って無許可で頂くと言うのは神的にダメです。」
カガリの圧に気圧されつつも「そ、そうか。」と酒呑童子は頷く。
「それで、じゃあお前達は何が欲しくて何を俺にくれるんだ?」
「風鈴を。」
「風鈴?」
「はい。風鈴です。先程あなた様と一戦交えた場にあった土産物屋に風鈴が飾られていたのですが、それを小鳥さんが気に入ってしまったようなのです。なので頂けないかなと。」
「構わん、持っていけ。で、それで何をしてくれるんだ?」
鬼の承諾にカガリは「ありがとうございます。」と一礼をすると
「では、その代わりに、私達はあなた様が望む死を提供させて頂きます。」
と、そう言った。