閑話:闇
光があれば闇もある。
人がいなくなっても消えない光が存在するのなら、人がいなくなった事で濃くなる闇もまたある。
その昔、極東の地に鬼と言う怪異がいた。
その昔、最も強いと言われた一体の鬼がどこぞの地に封印された。
負の感情を力に変える鬼は喜の感情をとにかく嫌う。
鬼が二度と目覚めぬように、喜の感情を出来るだけ多く一ヶ所に集めるために、人々はその地に大きく華やかな一つの街を作った。
都とはつまるところ、鬼を封印するための場所なのである。
広い都の中心部には、それはそれは立派な城がある。
そしてその城の屋根の上、色褪せた金の鯱鉾を椅子代わりにする人影が一つあった。
短く綺麗な黒髪に、女と見紛う程に綺麗な顔立ち、細っそりとした白い体躯はしかし決して華奢なわけでは無く、無駄なく筋肉が付き引き締まっている。
花が描かれた華美な袴をだらし無く着崩し、右手に瓢箪を弄び、左手の盃に入った透明な液体をチビリチビリ飲み減らす。
頭に生える白く長い角は、その青年が人では無い事を強く証明している。
「カカッ!なんじゃなんじゃ、いるでは無いか。元気なのが二人も」
嬉しそうに豪快に笑う青年の視界の先には、一人の少女と一匹のツバメの姿が映し出されている。
「はてさて、奴らはどうだろう?鳥の方は.....ただの鳥に見えるな。女の方は...怪異の類か?」
都に封印されたその鬼は、世界が滅んでようやく自由を得た。
その名を酒呑童子
かつて鬼どもを統べていた、鬼神と呼ばれたその鬼は、今は一人
「終わった世界で終わらぬ者達か...奴らならばもしかしたら」
無人の街で、ただ静かに
「俺を殺してくれるかもなぁー。」
自身の終わりを待っていた。