Act.3 忘れてた可能性がありました
「ええ、合っているわよ。」
「やっぱり!わあ、まさか私以外にも転生者がいるなんて!前世で読んだネット小説みたい!」
目をキラキラさせて、リナリーは両手を胸の前で合わせた。
「あの、SW…結構やり込みましたか?」
「そうね…何も見なくても全ルート全エンディングへいける程度には。」
「え、凄いやり込んでる!えと、じゃあ改めまして…私はリナリー=ロンガート、ロンガート辺境伯の一人娘です。前世の名前は坂上彩花。二十五歳の時に交通事故で…死にました。」
姿勢を正して元気よく話し始めたリナリーだが、最後は少し尻窄みとなる。
まあ、無理もないだろう。
死んだ時の事を思い出してしまうのだから。
「御丁寧にありがとうございます。では私も…私はルシル=フォン=ローズシェット。ローズシェット公爵家の長女で、上に兄が一人います。前世の名前は三上麻里奈。二十七歳の時に私も交通事故に遭って死にました。」
「え、三上さんも交通事故で?」
少しフランクになったリナリーは、驚いたように訊ねてきた。
前世の名前で問い掛けたリナリーに倣い、私もそちらで呼ぶ事にする。
とりあえず、今は。
「私前世では水商売をしていて…結構酔ってたんです…その仕事終わりに、ヒールで足を捻ってしまい、車道に…そこで車が…。」
「ええ…御愁傷様です…。」
「坂上さんは?」
「うーん、私も似たような感じですね。私は普通のOLだったんですけど、仕事が立て込んでて、帰りが夜中になっちゃって。そしたら車道に女の人が倒れてるのを見掛けて、危ないと思って助けようと向かったら、私も躓いて転んじゃって…。」
「え…二次災害…。」
「その女の人のすぐ後ろにいた私が死んだって事は…目の前の人も亡くなったんだろうなって思うと…なんだか遣る瀬無くて…。」
リナリーは小さく溜息をつくと、目を伏せてしまった。
…ん?ちょっと待って?
確か私が死ぬ時…真後ろで女性の悲鳴のようなものが聞こえた気がする…。
ひやりと嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、恐る恐る私はリナリーに訪ねた。
「あの、坂上さん?」
「はい?」
「その…助けようとした女性って…真っ赤なハンドバッグを持ってなかった?」
「真っ赤なハンドバッグ…?…持っていたような…どうでしょう、私が覚えてるのは赤いヒールと綺麗にヘアセットされた髪くらいですね…なんだか、夜の蝶!って感じの……あれ?」
嗚呼…最悪な予感が的中してしまった…。
私は頭が痛くなるような思いを覚え、片手で額を抑えながら、恐らく同じ結論に達しているであろう彼女を見ないようにしながら、唸るように答えた。
「それ…多分…私…。」
「…え…………ええええ?!!」
余りに衝撃の事実にリナリーは固まってしまった。
丁度馬車が止まり、カインが今の声に驚いて慌てて扉を開くのと、私が両手で顔を覆って盛大な溜息をつくのは同時だった。
「あの、お嬢様…何か御座いましたでしょうか?」
「はぁ…いいえ、なんでもないわ…ありがとうカイン。大丈夫よ。」
「そう、ですか……ロンガート様、如何されました?」
「なんでもないのよ。行きましょう、ロンガート辺境伯令嬢。とりあえず場所を移したいわ。」
そう言いながらリナリーの肩を叩くと、唐突に現実に戻ってきたのか、はっとしながら曖昧に返事を繰り返した。
何とか平静を装いながら馬車を降り、迎えの時間を告げてカインを屋敷へ返して、予定のカフェへ入る。
このカフェは全席個室となっており、プライバシーが完全に守られた貴族専用のお店だ。
周りを気にせずお喋りが出来ると最近出来たにも関わらず貴族には人気のお店。
店の扉を潜って店員に名前を告げると、すぐに席を用意してくれた。
用意された席は庭に面した大きなバルコニーが付いた二階の部屋。
モスグリーンの壁紙と、オフホワイトの床に敷かれたラグ、猫足のテーブルと椅子は全てチーク製で、テーブル中央にはアネモネの花が飾られている。
部屋を華やかにする為に置かれた調度品はどれも女性が好みそうなもので、恐らくご婦人専用の部屋なのだろうなと当たりをつけた。
そこへ私達は終始無言で、席につく。
ここはメニューというものがなく、その日の日替わりで紅茶と軽食、お菓子が案内された時点で席に用意されている。
私はカップを手に取りそっと口を付けた所で、ようやくリナリーが口を開いた。
「私達、同じ場所で同じ時刻に死んだ…て事ですかね。」
「そう、ね…あの、本当に申し訳ないと…。」
気まずくなった私が謝罪を口にすると、リナリーは押し留めるように手を前に突き出し、謝罪はいらないと小さく首を振った。
「ありがとう…。」
「いえ…それよりこんな偶然、あるんですね…。」
「…最早これは運命と言うべきかもしれないわ。」
「運命…。」
ゆっくりとその言葉を咀嚼するように繰り返し、段々と表情を明るくさせたリナリーが、しかし途端に難しい顔をすると弾かれたように顔を上げた。
「三上さん!」
「な、何?坂上さん。」
「どうしても一つ聞きたい事があります!」
「聞きたい事…?」
両手を握り込み、まるで裁判の判決を待つ囚人のような雰囲気を漂わせながら、ゆっくりと彼女は口を開く。
「……誰、推しですか…?」
「は?」
一瞬、意味が理解出来なくて間の抜けた声が出た。
え、なんて?
おし?押し…推し?
誰推しかって聞いた?
「推しですか?」
「そうです!ちなみに私はフィル様推しなんですけど!まさか被ってたりしませんか!?」
そうして悲壮な顔をして詰め寄る彼女に、そうか、と思い当たる。
お互いこの世界を知っていて、且つ誰にどういう行動をして、どういう風に答えればいいのかを知っている。
つまり、私達は自分の推しと一緒になる事が出来る…?
その可能性に思い至った瞬間、急に前世の記憶が私を包む。
SWをしていた時の高揚感や、ときめき、大好きなキャラはもう日課かと言うくらいルートを周回していた。
あの頃の記憶が、ルシルという女の子の体を駆け巡る。
そう、そうだ…完全に失念してた…。
私…あの方に…ザック様に会えるんじゃないの?!!
「前世は推しキャラ被ってても語り合えたからよかったんですけど、今世はちょっと状況が…。」
弾丸トークを繰り広げるリナリーを遮るように、机を叩きながら立ち上がり、私は一気に捲し立てた。
「ザック様!私は断然ザック様一筋!というかザック様は私のもの!ゲーム中ザック様が話した言葉は一言一句間違えずに暗唱できる程度にはルート周回したんだから!!」
一息に言い切った。