Act.2 転生仲間はまさかのヒロインでした
『Silent Waltz』と言った瞬間、丸い大きな目を殊更大きく見開き、リナリーは弾かれたように声を上げた。
「あ、あります!えっ、嘘、えっ?!じゃあまさか貴女…?ほんとに?!」
「ちょっ…お、落ち着いて、落ち着いてちょうだい。」
いきなり距離を詰めてきたリナリーをそっと両手で止めると、ハッと辺りを見回し申し訳なさそうに少し離れる。
ちらりと周りに視線を巡らせると、数人が興味深そうにこちらを見ていた。
不味いですわね…私、下手な噂をたてられると面倒なんですけれど…。
ここでこれ以上話すのは不味い、確実に有る事無い事囁かれるに決まっている。
貴族の子息令嬢が集まる所なんてそんなものだ。
さて、どうしたものか…。
「すみません、私…。」
「…ロンガート辺境伯令嬢、入学式が終わりましたら、少しお時間宜しいかしら?」
「!…はい、勿論です!」
「そうですか。美味しいランチでもご馳走致しますわ。」
とりあえず今は話す時間があまりない。
流石にローズシェット公爵家として入学式をサボる訳にもいかない私は、午前中には終わる入学式の後にゆっくりとリナリーと話す約束を取り付けた。
入学式の最中、私はとにかく自分と同じ仲間に会えた感動で、祝辞も代表挨拶も何もかもが右から左に流れていった。
代表でなくて本当によかったと、この時ほど思った事はない。
大体、オープニングなんて全キャラのルートを覚えるほどにやり込んだ私にとって、後で思い出すくらい造作もないものだ。
だが、そのオープニングを思い出す事も、その場でしっかりと入学式を見る事もしなかった私は、思い出すべき大事なことを、更に先送りにした事に気が付かなかった。
入学式が終わり、そのままクラス分けの発表がある。
この学園のクラス分けは、成績順でも、家柄順でもなく、殆どが魔力量順となっている。
それはこの学園で学ぶほぼ全ての事が魔法に関する事だからだ。
魔力量の多いものと少ないものでは出来る事に違いが多く、同じ教室で同じ事を学ぶには、些か面倒が多い為だ。
さて、魔力量順と言うが、よく前世の転生ものやファンタジーもので見たような魔力測定器なんてものはない。
この世界の魔力量は見た目に現れる。
魔力量が多ければ多い程、髪が黒に近くなっていくのだ。
ここまで言えばわかるかと思うが、漆黒と言っても差し支えのない髪を持つ私は、かなりの魔力量を誇る。
少なくとも、学園の中では一番と言っても過言ではないと思う。
つまり、私は自動的にAクラスとなる。
貴族にとってこの学園のAクラスに選ばれる事は名誉であり、所謂箔が付くという事なのだ。
そんなAクラスだが、一つだけ、魔力量など関係なしに問答無用で選ばれる事が出来るものがいる。
希少な聖属性を扱えるものは、例外なくAクラスに選ばれる決まりになっているのだ。
そして魔力の属性は瞳の色に現れる。
青系は水や氷。赤系は炎。緑系は風。黄色系は土。
更に黒が混ざれば混ざる程闇属性が使え、黄金の瞳は光属性が使える。
そして滅多に見られない灰色の瞳は聖属性。
ちなみに黄金の瞳を持つものはこの国では王族に限られる。
つまり、光属性を扱えるのは王族のみ。
更に闇属性を使える魔術師はそれなりにいるものの、全体的に見れば少ない方だ。
髪の色や瞳の色は基本的には遺伝であり、明暗は個別となる。
だが聖属性の瞳に限っては遺伝ではない。
灰色の瞳は数十年に一人の割合で産まれ、突然変異と言っても過言では無いほど、血筋は関係ない。
例えばリナリーが聖属性の灰色の瞳を持っているからと言って、リナリーの先祖を調べても、誰一人として灰色の瞳は持っていない確率の方が高いのだ。
この原因はわかってはおらず、神の思し召しだとされている。
話がだいぶ逸れたが、この説明を見ればわかる通り、私とリナリーは必然的に同じクラスとなる。
これは勿論ゲーム通り。
入学式が終わればそれぞれ担当の先生の紹介があり、そのまま解散となる。
今日は寮の説明も兼ねている分、早めの解散予定とされており、クラスメイトとの自己紹介等は次の登校日までない。
私は王都の別邸に住む事になっている為、寮へは行かない。
ロンガート辺境伯は王都に別邸を持っていない為、リナリーは寮に帰る事となるので、ゲーム通りなら学園前での一件から初日はルシルとリナリーとの関わりはないはずだ。
まあ、あくまでゲーム通りなら、である。
「以上で第一学年の教師の紹介を終わります。入寮者はこの後寮の案内や説明があるので、寮へ移って下さい。以外の方は帰宅していただいて構いません。それでは皆さん、ごきげんよう。」
皺が刻まれた柔和な顔をくしゃりと崩して微笑み、学園長であるキャロル=マリエント先生はそう言って入学式を締め括る。
かなりの年齢の筈だが、それを感じさせない堂々とした出で立ちながらも、何処か柔らかく温かな雰囲気を持つ彼女は、年齢を感じさせないしっかりとした足取りで退席していった。
さて、リナリーは寮の説明があるはずだが…。
「ローズシェット様!」
「…ロンガート辺境伯令嬢、貴女寮の説明は…。」
「ばっちり頭に入っておりますので!」
…いいのだろうか…。
まあ確かにゲームでも寮の説明はされている。
学園の歴史に始まり、学園長の話、先輩達からの話、最後は寮で生活する上での禁則事項やらをオープニングで話される。
まあ、学園長と先輩の話は丸々カットされているのだが。
寮生活での禁則事項も至極当たり前の事で、門限や外出時の注意、就寝時間に食堂の説明、そして館内の案内のみ。
まあ、当人がいいと言うのだからいいのだろう。
そう結論付けた私は急かす瞳に押されるようにローズシェットの馬車まで歩いた。
「今日は少しだけ街に寄って帰ります。昼食も街で食べるからいらないと言っておいて。」
馬車まで来れば扉の隣で待っていたのは私付きの執事であるカインだった。
冷たい氷のような薄青の髪はきっちりと後ろへ撫で付け、ほんの少し肩に掛かる程度の後ろ毛が風にそよいでいる。
そしてその頭を上げれば見える、同じ薄青の瞳は、きりっとした印象を抱かせる切れ長の目と、人形のように変わらない表情のせいで大人びた印象を与えるが、実際には私と年齢は変わらない。
「お出掛けなさるのでしたら、護衛を…。」
「いえ、結構よ。最近中央区に出来たカフェに行くだけよ。中央区に護衛なんていらないもの。」
私より少し高い位置にあるその瞳にはっきりと告げると、かしこまりましたと軽く頭を下げ、カインは馬車の扉を開いた。
中央区と言うのは所謂貴族の住む街で、色んな貴族の別邸や、貴族向けのお店がある地区だ。
王城は中央区の更に中央、全ての街を見下ろせる位置に建てられている。
見た目は堅牢な要塞のように見えるが、その実中は王城らしく、煌びやかなシャンデリアや絢爛豪華な調度品が並んでいる。
ちなみに学園はその王城に近い中央区にあるが、中央区の西側はほぼ学園の敷地の為、王都に住む貴族達の御屋敷からはそれなりの距離がある。
王都の中心を王城として、周りが中央区、更に四方に東西南北の地区があり、そっちは平民の街や、工業地帯、貧民街がある。
だが、その東西南北の地区から中央区へ入るには衛兵が立つ門を潜るか、そこらの御屋敷より余程高い塀を乗り越えるしかない。
お陰で中央区は治安がよく、王城を守る為の兵士も巡回をしている。
その為、例え小さな諍いがあったとしても、すぐに兵士が飛んでくるのだ。
それに貴族はほぼ全員が聖マリエント学園卒業者。
自衛の魔法くらいは皆使える為、中央区で護衛を連れて歩くものなどいないという訳だ。
私は馬車に乗り込み、リナリーにも乗るよう促す。
おずおずと馬車に乗り込んだリナリーは、向かいに座り、同時に扉が静かに閉じた。
カインが御者席へ移動し、馬車がゆっくりと動き出す。
そこでようやくリナリーは口を開いた。
「あの、貴女も転生者…て理解で合ってますか?」