逃走 (xxix)
追いかけっこは、だから、あまりいいイメージを持っていないのだ。
あの猫と同じように、何倍も大きくて、灰色の体で、執拗につけ狙ってくるミナスの追撃を交わしながら、一八は自身をネズミになぞらえ、へきえきとした。
逃げても逃げても、フィールド上にいるかぎり、土煙を散らしどこまでも追ってくる。
いったい捕まえてどうするつもりだ。あの猫のように、ナイフとフォークを取り出し食おうとするのか。あのネズミなら機転をきかせ、身の周りにあるさまざまなものを駆使して反撃にうってでるだろう。
しかし、自分はまっさきに校庭に飛ばされるぐらい数学の成績もよくなければ知恵もない。ましてこのなにもないグラウンドだ。
花瓶も金魚鉢もハンマーもネズミ捕りも芝刈り機も毒薬も爆弾も、利用できるものはなにもない。あるのはせいぜいこの魔蹴球ぐらいだ。
だが、追われながらでは攻撃しづらく、万一外せばあとはない。モンスターの餌食だ。あのネズミや猫のように、黒こげになろうがぺしゃんこになろうが、次の場面に変われば何ごともなかったかのように走りまわるというわけにはいかない。自分はカートゥーンのキャラクターではないのだ。角でひと突きされたら致命傷。この牛は本気で殺しにかかってくるから手に負えない。あの2匹だってたまには休戦するというのに――
あまりいい思い出のないアニメのことばかり思い浮かぶ自分に、一八は閉口した。ただでさえ命がけの状況を強いられているというのに、考えたくもないことが次々と湧いてくる。
――いや、むしろ逆か。
延々と続く死の逃走ゲームが、脳に練り込まれた映像、際限のない追いかけっこを呼び起こすんだ。こんな茶番劇、いいかげん終わりにしてやる。ギューカクも回復しただろう。交代してけりをつけ――あれ?
あいつ、どこだ?




