逃走 (xvii)
力のほうを見た。だいぶ息があがっている様子だ。いくら走り慣れているとはいえ、ミナスの足から逃げ続けるにはそうとうなペースを要求される。疲れしらずのモンスターが相手では分が悪すぎる。
一方の一八の魔蹴球は、まだようやくシアンの色あいに差しかかろうかといった段階だ。
「宮丘くん、とにかくいったん魔蹴球をぶつけて午角くんと交代して!」
有無を言わせない環の強い口調にも、一八は、えー、と難色を示したが、逆らいはしなかった。
力にも指示をだし、ふたりを近づけさせる。
コーナーキックの距離まで迫ったミナスに、一八が2本目のシュートを放つ。今度は力に危険がおよばないよう、射線上に相棒が入らないななめの位置から撃つ。
1度目よりは控えめの速度にとどまったが、男子高校生が蹴ったボールにしては破格のスピードだ。
すがすがしいマリンブルーのラインが、地味な灰色の巨体を鮮烈に打つ。
どうっ、という詰まった音にあわせてミナスの体が小さく飛んだ。一度バウンドして地面に倒れる。一八は、ぐっと右腕を引き小さくガッツポーズをとった。
動物園にでも行かなければお目にかかれないような巨大動物を、一撃のもとにダウンさせるのはやはり痛快だ。試合で浴びるような頭上からの歓声も心地いい(特に女子の黄色い声援は、男子高校生にとって格別だ)。
これで牛野郎がくたばればいうことなしなのだが。
くすんだ色味の巨獣がむくりと起き上がる。最初に見舞った黄緑のシュートは一発KOの破壊力だったが、強化の程度によってダメージは大きく差がでるようだ。
牛のターゲットを午角力から自分へと切り替えさせると、一八は跳ねる魔蹴球を小脇に抱え走り去る。猛るミナスがあとを追う。
何度目かしれない追いかけっこがまた始まる。一八は、『トムとジェリー』かよ、とげんなりした。