旭原高校 (iii)
しかし、そのどうかしている奇跡が起きた。小学校の1年生から実に10年ぶりのことだった。
家庭の都合で大学進学の予定がない環にとっては、くしくも、学校生活の最初と最後に起こった小さな奇跡。新学期を迎えた4月に、この1年は思い出に残る最高のクラスになるに違いない。そう予感した。それは半分正しく、半分は間違っていた。
3年D組は、たしかに環の思い描いたとおりのすばらしいクラスであり続けた。卒業の日まで続くことに疑いをはさむ余地はなく、不安は皆無。彼女は人知れず、優秀な予言者でいられた。
その日が訪れるまでは。
県立・旭原高校は、関東某県に所在するごくありふれた公立校だった。
市街地の端に位置し、ほどほどにひらけた立地で、下校時の生徒たちの遊び場にはことかかかない。駅までやや遠いことは不評だが。普通科と専門学科を有する総合制で、学校全体のレベルは中の中。現在の生徒の親の世代以前には荒れた時期もあったが、それも昔話で、今は平穏そのもの。3年D組は、そのなかでも特に平和なクラスだった。
やがて起こる怪奇事件の舞台としてはあまりに似つかわしくなく、あるいは最もふさわしい場所ともいえた。衝撃的な事件は往々にして、思いもよらない平穏な地域で起こる。
事件の被害者は、11月の中旬まではまったくの無名。なにごとも起きたことのなかった無名の学校の、さらに無名の生徒だった。
42名の名もなき名が、やがて全国ネットのニュースで連日報道されるようになることを予想しえた者は、今朝の時点できわめて限られていた。