ペナルティーキック (vii)
人間の何十倍もの重量を一撃でノックアウトした圧倒的パワー。それを間近で体験し、自分に当たりかけたことの興奮状態。手にしている、同様の威力を期待できる剣。無様に横たわる、攻守の逆転したモンスター。解除された不可侵の制限。
力が気を大きくしないでいる理由がなにひとつなかった。
「無抵抗の動物を痛めつけるとか俺の主義に反するんだが」ミナスのかたわらに立つ。「めちゃくちゃ追いまわされたし、このわけのわからねえゲームから出るにはてめーを殺んなきゃいけねんだ。悪く思うな……よっ!」
逆手持ちに振り上げた剣を、ミナスの肩口へ力いっぱい突き立てる。ぶるりとあらぬほうへ手足が動き、雄牛の咆哮があがった。苦痛と怒りが混ざった、聞くに耐えない醜い声だ。
その怪音に、力は若干、素に戻ったが、かまわず2打目、3打目と、同じような場所を狙って刺し続けた。
その都度、剣は短くなってゆく。消耗は早く、数回、攻撃しただけでもとの柄だけの状態に返ってしまった。
端末でミナスのHPを確認する。1/3ほどは削れたが、見かけどおりの頑丈さだ。
首もとや頭部、腹などの急所を狙えばいいのだろうが、抵抗感があった。意図的に勢いにまかせてやったにしても非情に徹しきれなかった。
「危ない!」
ミナスのステータスを表示している端末から、環の鋭い声が響く。ほとんど同時に力は宙を舞った。
なにが起きたのかわからないまま地面に打ちつけられる。数回転して静止した。
「あぐぁっ……!」
腹の痛みに力は悶える。日常でけして経験することのない衝撃を体に受けた。そのことに気づくことさえ何秒か要した。
たぶん、モンスターに蹴られた。まるで別人の胴体とすげ替えられたかのような違和感をともなった、奇妙でしたたかな痛み。喉を絞るようにうめくしかできない。
どこか遠くで、午角くん、ギューカク、と呼ぶ声が聞こえる。同じ声が2方向から。上方の窓から直接、その辺に転がっている端末から間接で届くようだ。両手にあったものは、吹っ飛ばされた弾みで落としたらしい。
直接と通話音声、どちらも遠くてよく聞こえないが、たぶん、逃げるようにと言ってるのだろう。
目もあけられない力に向かって、怒りをにじませた足音が迫る。
重々しい響きと揺れ。あの巨躯だ。
やばい……殺られる。




