剣球 (iii)
今日という日ほど、今というときほど理不尽な難癖をつけられた経験を記憶のなかからさらいだすのは難しい。午角力は、クラスメイトの男子の文句を浴びながらそう思った。
六年生のときの夏祭で、不注意な妹が転んでぶつかってきて、力はふた口しか食べていなかったかき氷を落とすわ、それが妹の浴衣について妹が泣きじゃくるわ、なにかと妹の肩ばかり持つ母親に、あんたがちゃんと見てないからよ、ああもう買ったばかりなのにシロップが染みになっちゃう、とさんざん怒られたときに匹敵すると。
「牛角、おまえがそんな名前だから俺まで巻き込まれたんだ」
クラスの平均でいえばやや小柄な宮丘一八が、グラウンドの中央に陣どる大型の牛体を指さし、これまた図体の大きい力に口角泡を飛ばしている。がたいのいい者に食ってかかる威勢のよさがなければ、身体的な不利をはねのけてサッカー部のエース級ストライカーを務めることはできないのだろう。
しかし、だからといって、まるで理にかなっていないクレームをつけていい理由にはならない。
ここは改めてはっきりさせておかなくてはいけない。
「俺の名前は牛じゃねえんだよ、午なんだよ」
少々キレ気味に、巨大な牛――ミナスとかいったか――を見すえて力は言った。
力の愛称は某外食チェーン店が由来だ。小学校のころから周囲に呼ばれ続けてもう10年近くたつ。特に気にはしていない。が、あくまで字は午なのだ。牛ではない。足だって馬のように速いと評判だ。
「もし名前で選ばれたってんなら、むしろ文句を言いたいのは俺のほうだよ。牛、関係ねえし」ミナスの動きがまだないことを見定めて、力は一八に指をさし返す。「てゆーか、おまえがプレイヤーに選ばれたことと俺にどういうつながりがあるんだよ」
「うるせえ。出席番号も席もわりと近いだろ。だから巻き添え食ったんだ」
「意味わかんねえ。いうほどそう近くねえし、ほかの近いやつはどうなんだよ。百歩譲ってそれが原因だとしても、俺、なんにも悪くねえよな」
「へりくつ言ってんじゃねえよ。全部おまえがわりーんだ、ぜーんぶ!」
へりくつはどっちだ。よくそこまで堂々と言いがかりをつけられるものだ。危険な戦いに引きずり込まれて動転しているにしてもめちゃくちゃだ。そんな論理性のかけらもない奴ならプレイヤーに選ばれるのも納得だ、と力はへきえきする。
とはいうものの、彼自身もそれほど数学の成績は振るわず、人のことをとやかくいえないのだが。もしも枡田が日本史の教師だったら、もうちょっと救いがあったのだろうか。
この事態に際して力がのんきなことを考えていると、双方の携帯端末が同時に鳴った。