チュートリアル (xli)
火球に圧されてプルスはノックバックし、その肢体は炎上する。まるで体が燃料そのものであるかのように、獣は派手に燃えあがった。
七転八倒し苦悶の雄叫びをあげる様相に、生徒は、敵にもかかわらず同情せずにはいられなかった。もとより、あのモンスターと戦う理由がない。
枡田は、火だるまのプルスを捨ておき、携帯端末をとり出した。通話中の端末から生徒の騒がしい声がとびだす。
「先生、今の魔法なんですか?」「どうやって使うんですか? 念じたら出せるとか。MP消費型?」「氷属性とか雷属性なんかもありますか?」それらの質問のバックグラウンドで、もうあのモンスターはさすがに死んだろ、えげつない威力だね、引くわー、ラスボス戦でも通用しそう、今のはメラゾーマではない……メラだ……、先生ひどくない、モンスターかわいそうだよー、などなどの興奮した様子が漏れ聞こえる。枡田は、我が意をえたりと口はしを上げた。やっと乗ってきたか。次のヒントを確認するよう生徒をうながす。
無機質なチョークの音に、話し声の潮が引く。ふたつめのヒントが黒板に現れる。なにもないところから文字が出てくる様子はやはり不気味で、いい気はしなかった。
不足する値は仮のものを設定してみる。
「仮のものってどゆこと?」「速度しかないから、距離と時間は適当に決めろって意味かな」「そんなの、決めた数値で答えが違ってくるじゃん」
書き終えられた文字にまたざわつきが戻る。
「とにかく一回、試してみよう」と八ツ橋禅が提案し、グラウンドを見下ろした。「あれがまた復活する前に」
プルスを包む火の勢いは時間の経過とともに衰えていた。
これだけ燃えれば普通は生きていられないだろう。だが、角の生えたウサギは、もがき苦しんでこそいるものの、焼け焦げたりはしておらず、鎮火すればまた起きだしかねない様子だ。
実際、アプリ上に表示されるプルスのHPゲージは、この後におよんで1ドットたりとも減っていなかった。担任の言葉どおりであるなら、問題を解かない限りあのモンスターを倒すことはできない。
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