チュートリアル (xxix)
枡田先生は家から公園まで時速5kmでジョギングした。
疲れたので帰りは時速3kmで歩いた。
往復時の平均速度を求めよ。
なにこれ、いつ書いたの、先生が消えたときこんなのなかったよね。怪訝な顔で、各自は問題を音読し、あるいは黙読した。高敷ほむらのつぶやいた「先生が消えたとき」との言葉に、皆、事態の異質さを再確認させられる。それでも、今はあえて考えないようにすべきだと直感した。
グラウンドでは枡田とプルスとの戦闘が続いている。
担任自身が言うには、問題を解かなければモンスターは倒せないらしい。自称仮想世界だかVRだかでの異様な「ゲーム」だが、あくまで数学の授業の一環なのだと、変な腑の落ちかたをした。
それにしてもずいぶん簡単な問題だ、と誰もが思った。
「こんなの見たまんまだろ。ふつーに『4km』が正解じゃね?」と助引駆恒が言った。「せんせー。問題、解けましたよー」
夏恋は、環が律儀に皆に画面を向け続けている端末に向かって報告した。
窓から見える、プルス相手の立ち回りにあわせて、枡田の声が途切れ途切れに聞こえた。「問題の答えは……原則……………黒板に……書き込む必要が……ある」
プルスに圧されているわけではなかったが、元来、ウサギの姿をしているだけあって、図体のわりにすばしっこい。右へ左へと受け流す枡田に食らいつこうと、淡い灰色の巨体がグラウンド上で跳ね回る。土を蹴り、ふたつの長い耳をなびかせ、執拗にプルスは、ひょろりとしたスーツ姿の男を追いかけ回している。隙あらば、額よりまっすぐ前方に伸びる角の餌食にしてくれようと振り回す。
今のところすべての攻撃を交わしきっているが、いつまでも続くとは限らない。人間だ、どこかでミスがある。
「黒板に書きゃいいのか?」
澤寅が教卓わきに進み出てチョークを手にした。
問題文の下に「4km」とあまりうまくはない字で書く。「寅くん」と袖を引く内巾絲に指摘されて、数字の前に「時速」と、これもまた見てくれのよくない筆跡でつけ加えた。「書いたぜ」
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