チュートリアル (xiii)
級友の見守るなか、電話に応じた環に、枡田はスピーカーモードに切り替えるよう指示する。言われるままに環は従った。
クラス委員の差し向けた端末から担任の声が届けられる。
「えー、今からモンスターとの戦闘を実演します。全員、プレイヤーに選ばれる可能性があるので、しっかり見ておくように」
普段の授業と変わらない淡々とした声。ここ、テストに出るぞー、と言わんばかりの調子だ。生徒はどう反応していいのかわかりかねた。携帯端末を片手に、スーツ姿で獣と向かいあうシュールな光景を見せられてはなおさらだ。
「プレイヤーにはたいてい、なんらかの武器が与えられる。ここではオーソドックスに剣で戦ってみよう」
担任の言葉に、剣など持っていないではないか、と皆が思ったとたん、2、3メートルほどの高さにまた光が生じた。まさか。
薄青く輝くそこから長いなにかが形づくられ――
ザンッ。
枡田のわきへ落下しグラウンドに突き立つ。男子たちの、おおー、という低い歓声があがった。
それは、ゲームの序盤から中盤に出てきそうな、とりたてて変わったところのない剣だった。シンプルな形状ではあったが、鈍く光る刃はまごうことなき真剣だ。
固い地面に剣先の刺さったそれを枡田はやすやすと抜くと、分度器で測ったように45°の角度で、低く「ウサギ」に手向けた。
剣は、男性用の大振りな閉じた傘ほどの大きさだ。傘ならともかく、金属の剣身はそれなりの重量があるはず。踏み固められたグラウンドから抜き出すのも容易ではないだろう。比較的、細身の枡田が、片手でこなす所作としては違和感があった。
「マスティー、あんなに力、強いんだっけ?」枡田のあだ名を口にする阿部玲爾に、田井良均が「しっ、聞こえるぞ」と、環の手にした携帯端末を顎でしゃくった。
「えー、『マスティー』はそんなに力もちじゃありません」スピーカーを通した涼しい声に、玲爾は、やべっ、と首をすくめた。
(余談だが「マスティー」は、枡田が毎年、最初の授業で「数学は英語でマスマティクス」と紹介するのが恒例となっていることに「枡田ティーチャー」をかけたもので、全校生徒から呼びならわされている。さらに蛇足だが、アクセントは語尾を上げる派と下げる派に分かれる模様)
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