ファクトリアル (xi)
一八が、吼えた。
魔蹴球の上へ足を乗せる。球の表面をなでるように足を引いてバックスピンをかけ、靴先をすべり込ませる。ふわり。ボールが腰の高さへ浮き上がる。
「宮丘くんっ!?」「おい、カズっ!」「あいつまさかっ……」教室の生徒が目を見開きどよめく。
ポム、と膝で突き上げる。「リフティングするつもり?」「だってカズ、超絶ヘタクソなんじゃあ」
――1。球が目に見えてブルーに染まる。「早っ」「一発であんな真っ青に」胸の辺りへと魔蹴球は跳ねる。この段階はまだ比較的すなおに動く。問題はここから先。
トンッ――2。「えっ、もう!?」早くも群青からスカイブルーへと移行する色彩に古賀音色が驚嘆の声をあげた。
この段階に達するまでドリブルでどれほどの距離を稼がなくてはいけないかを見ている一同は、ほのかな光の色あいが信じられなかった。
こんなことならもっと早く試していれば。その思いは、空色に塗られた魔蹴球の向かう先によって一気にしぼむ。
球は、まるで自身の帯びた色と同じ青さの空と遊びたがるかのように、やたらと高く舞い上がった。それもわりとななめ前方へ。
あわてて一八は追尾し、差し出した足の甲をぎりぎり届かせるが、そこまでだった。
3回目でエメラルドグリーンに変化した魔蹴球は、さらにあさっての方向へ奔放に飛んでゆき、地面でバウンド。白と黒のありふれた外見に返った。落胆の声がいっせいに漏れる。たしかにエース級ストライカーでこれはない。
逃げるボールを猛ダッシュで追いかける一八の姿にげんなりしながら、荒古戸仁など何人かの男子が、俺のほうがまだうまい、俺、小2のときに10回はできたぜ、と複雑なおももちでつぶやいた。
飛び跳ねるボールをひっ捕まえ、一八は全力疾走で牛対牛の場に戻った。
もうすでに疾走如意剣は50cmほどまで消耗している。100円ショップのビニール傘並だ。間あいをとることもままならなくなっており、刃の消失を待たずミナスの餌食になる勢いだ。
「おい、カズ! 早くっ……早くミナスに魔蹴球をぶち込んでくれ!」力が震える声を荒らげる。
不意に、いつだったかネットで見た、古い漫画が頭をよぎる。
人間と牛が逆転した世界。牛が人を飼い、宴の料理に用いる――
そんなことあってたまるか。人間が牛に食われるなんてありえねえっ。