咲花苦
吹雪が沈んでいっちゃう話。
*だいぶ暗い
*ネタが驚くほど無い
*ついでに需要も無い
大丈夫な人だけ閲覧してね!
時々、飲み込まれる。
「…………ぁ」
それは一人でいる時でも、はたまた誰かと一緒にいるときも予期せず襲いかかってくる。今は心の奥底に沈んだままになっていたものが、急にふっと浮かんだ瞬間。息が苦しくなって、私はまっくろに溶けていく。静かで、ゆっくり流れていく、刹那の時間。
──もしも、あの時に私が人を手にかけていれば、どうなっていただろうか、なんて。
ただ街の一角を歩いていたあの日、鋭い氷が息をしただけで出てきた時。心臓が飛び出るかと思った。いっそ、心臓は空の彼方か地の果ての誰にも見えない場所まで飛んで行ってしまったらいいのに、って考えた。
それを見た時の人のぞっとした、私を怪物だって軽蔑する引きつった顔が、今でも忘れられなくて。まだ脳裏に張り付いていて、時々ふと浮かんできては私を外から引き離す。
実際、一度だけ。
学校で実習中に、小さいけど鋭い氷が出てきて、人の指先に深めの傷をつけてしまったことがある。
その時喰われた、人は優しい人だったから、『たまにはこんなこともあるよね』って許してくれた。けれど、その気にしないでと訴える笑顔が痛くて痛くてしょうがなくて。
『また、あんなことが起こってしまうんじゃない?』
『もう他のひとを傷つけた罪人なのに、ここにいるの?』
私の頭の中にべったりと住み着いた何かの笑い声が、今も剥がれない。
吹雪丸が羨ましい。あの子の氷の力は、私みたいに怖くないから。
麗子が羨ましい。あの子は、私みたいに魔法は使わないし、誰かのためだけに一生懸命走ってるから。
雪符が羨ましい。あの子の美しい刃は、いつも刃の先を動かさないから。
占吹の、クロンの、黒薔薇の、白薔薇の、人を偶然に傷つけない力が羨ましい。
──そして藍希の、人を助けられる力が良かった。
「…………吹雪、どうしたの?」
────あぁ。
まっくろの中に、まっしろが流れ込んできた。
そうだ、映画を見ていたんだっけ。
画面の中で、美しい泡の中で落ちていく女の子と男の子の手が繋がった。
その絵が、息をのむほどに美しい。まっくろはどんどん元の色を取り戻していくようだ。
「……っ、はぁ、はぁ、はぁ、…………」
「──やっぱり、あれかぁ。……ほら吹雪、ちょっとこっち寄って」
「………………ん」
膝の上のポップコーンは机の上にこぼさないように置いて、藍希の肩に頭を置いた。
不思議と、呼吸もどんどん安定する。まるで、私の中のまっくろが少しずつ彼の方に溶け出していって、それを彼は綺麗にして私に戻してくるみたいな。
いつもは熱いと感じる彼の体温が、これほどまでに気持ちいいと思えるのはたぶん、今みたいな時だけだ。
彼の大きな手が私の頭の上にポンとのせられる。
「はい、大丈夫、大丈夫。吹雪は誰も傷つけてないよ、悲しい気持ちになんかさせてないよ。もしそんなことがあっても、僕が一瞬で治しちゃうから」
……彼の言葉は、毒だ。
「罪悪感なんて、脳の錯覚なんだよ。大丈夫、何もしてない。大丈夫、大丈夫」
甘くて、頭の中でほろほろと溢れながら、ズタズタになっていたところを埋めていってしまう。
私の抱えてるものを、ぜんぶ見えなくしてしまう、毒。
そんな毒に甘えてしまう私も私なのだけど、少しだけ。
目を瞑る。
今はもうこうやって私を溶かしてくれる人もいなくなってしまったようだから、彼に。
彼だけには、甘えさせてください。
「……もう、大丈夫」
「ん、良かった」
吹雪の頭が僕の肩から離れる。
彼女は、たくさんのものを背負わされている。だから時々、それを大きく捉えてしまって、やってないことまでやったみたいに考えて自分で沈んでいってしまう。
まだ吹雪は自分で抜け出せないから、そっと手を掴んでやると、次第に呼吸を思い出して、ゆっくり、ゆっくり沈んだ自分を浮かび上がらせる。
もうそれを知っている人は僕だけなんだろうなぁ、と思いながらキャラメルのポップコーンを口に放り込む。するとやけにその甘さが身に染みた。
吹雪も、ポップコーンを自分の膝に置き直して映画を見始めたようで、太陽の下で再会を果たした男の子と女の子を真剣に眺めていた。
どうして、咲いた花は、もう終わったことの幻に囚われて、苦しんでしまうんだろうか。
思わず、小さな声で呟いた。どうか、吹雪の耳には届きませんように。
「さっかくなんだろうなぁ」
『咲花苦』




