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8.謁見の間・類稀れなる刺し違え

 玉座を境に、左方では髭のソードブレイカーを持つ大男と、仮面付きの『闇にうごめくもの』による肉弾戦。右方では火と闇による異能合戦――とはならないでいた。


「――踏み込みが浅いな。恐れているのか?」

「……誘いには乗らねぇよ」


 実際のところ、アッシュは警戒から踏み込んだ攻勢に出られないのは事実である。


 現時点ではアビスも剣での対処のみをとっているが、闇を以って攻撃を仕掛けられてはアッシュも火を出さざるを得ない。ガス欠気味のアッシュには極力避けたい展開だ。


 線引かれた水を境に、Bへ今なお群がる大量の『闇にうごめくもの』。すぐ近くでサムソンと攻防を繰り広げる”仮面付き”。アビスが本調子ではないのを察する要因には事欠かないが、それでも不安が拭いきれていないのは……事実、行動に現れている。


 しかし、サムソンが身を挺してボイジャーをテラスへやれた現状、若者達にとっては相手を討ち取れなくとも、時間を稼ぐだけで半ば目的は達成できたとも言える。


 命を捨てる覚悟はある。だが無理をして仕掛け、反撃を受けて今この場の頭数が減るのは好ましくない。ボイジャーが事にあたるまで、それは避けるべきだというのはアッシュも、サムソンもそれは心得ていた。


 ボイジャーの異能の正体は、未だにアビスへは露呈していない。仔細も含めればBに対しても同様だ。まさに後はボイジャー次第、時間次第なところではある。


 だがしかし、ただ時間を稼ぐために先程のような睨み合いの場を設けるわけにもいかないとアッシュは板挟みに遭っていた。


 時間稼ぎと自身の安全を両立してとれる例は睨み合いだが、手を出さなければ先程のように新たな『闇にうごめくもの』を生成されるリスクが。しかしてガス欠状態の今まともに戦えば闇を直に受けるリスクが。まさにどっちつかずである。


 どちらかといえば激情家タイプなアッシュであるが、今はゲリラ戦のように、互いに死なない程度にちょっかいを出すような煩わしい手しか取れずにいた。煩わしく、イライラしているのは表情にも表れているが……ここに来るまでの間の経験、ないしBの発言を鑑みてか、気に食わないと思いながらもアッシュはその任を全うしていた。


 生贄の間にて、挑発に乗ってはいけないと諭してきたBの発言。そしてその発言の元、結果的にどのような結果を生んだのか――。


 Bの戦い方を参考にと動いているサムソンもそうだが、アッシュにも彼の生き様は響くところがあったのだろう。少なくとも今なら、Bと出会う前のように全ての力を振り絞って玉砕覚悟で特攻などという手は安易には取るまい。


 そんな、つまらない、泥沼をこさえるように、間を持たせて引き延ばす、決定打など介入しえない、小手調べめいた、剣の一振り、二振り。


 炎も闇もない、ただの剣による死合。


 アビスも言うように、アッシュの仕掛けるそれは踏み込みが浅い。互いに傷付くリスクもそう無いやり取り。煩わしく、あまり中身がないだけに、とりわけこのような戦い方を好まないアッシュにとっては悠久の時に感じたことだろう。


 だがしかし、そんな悠久の時にもメスが入る。

 それは空気が、肌が、空間が知らせてきた。


「……?」

「やったか、ボイジャー……」


 それはアビスも感じていた。

 城の内部にいても感じ取れる、はるか遠くからの気概。


 空気を震わすそれの正体は――鬨の声。


 城下のあらゆるところから響く、覇気や活力が形を成したようなそれはボイジャーの異能、ないし作戦が功を制したことを知らせていた。


「奮起の声か……。何をした?」

「希望の光だよ。俺なんかが謳う、闇を照らす灯なんてものよりよっぽどいい」

「あの娘の異能がそれか。あの者がこの場に立っていた疑問がようやく晴れたよ」


 どこかそれを待ちわびていたかのような気さえ思わせるような表情で状況を検めるアビス。焦りを見せるわけでもなく、怒りを露わにするわけでもない。この応対には底知れぬ不気味さ――いいや、怪訝さが漂う。


「……不満を持つ勢力が一気に押し寄せてくる。ご存じの通り数は膨大。一旦動き出した民衆は洪水や雪崩にも等しい。今更止めるのは不可能だ。これで、この場で俺達を殺したとしても、それで戦いが終わりとはならない」

「だろうな」


 最早剣を構えることもなく、悠々と口を開くアビス。

 殺意が漂っているというわけでもない。しかして意図はまるで読めない。

 そんな応対に、アッシュは不安に苛まれる。


「……投降でもするつもりか?」

「いいや」


 両手を広げ、挑発をするようにしてアビスは続きを説く。


「いずれこのような事態になることは予期していた。我がこのような事態に備えていないとでも思うか? 我が軍勢はヒカリちゃ――貴様らの言うところの『闇にうごめくもの』だけだと思うか?」

「何だと……」


 手の内が明かされず、正体の分からない不安は背を撫でる寒気として現れる。

 まだ何かを隠し持っているのか。奮起した軍勢、民衆を制する手回しをアビスは既にしているのか。不安はとめどなく現れる。


「まあどちらにせよ、城下のそれは無視できない案件だ。この場では貴様らは屠る他あるまい。改めて言うが、二度目の情けはない。――丁度このように」


 向かって左方のサムソンと”仮面付き”の方を手で示唆するアビス。

 目を見やるや、アッシュの瞳には衝撃の光景が映し出される。


「――が、はッ…………」

「……!」


 いつからそうなっていたのか、”仮面付き”は最早人型のそれではなくなっていた。四肢も、五体もない。球体から無造作に脚とも腕ともつかぬ触手のような物を伸ばす名状しがたき何かにと姿を変えている。


 そして、本体から伸びる触手はサムソンの腹を無慈悲に貫いていた。


 その光景を目の当たりにしたアッシュの瞳孔は開ききり、剣を握る手にも思いは現れる。握りしめられ、柄の軋みが限界を迎えそうになった刹那、


「……まずい。落ち着けアッシュ君! 皆覚悟の上だ。戦場での動揺は悪循環を――」

「んなこたぁ分かってる!! だが……だがよ……」


 未だ終わりが見えぬ大量の『闇にうごめくもの』を捌きつつも、アッシュを気に掛けるB。戦場において、友や仲間を目の前で失う経験や覚悟は、この中ではBが特出している。


 アッシュもその覚悟自体は出来ていよう。けれど、いざ実際に目の当りにしては平然とはいられまい。旧知の友が目の前で刺される光景を目の当たりにし、その憤怒は身体のあらゆるところから震えとして体外に漏れだしている。


『キヒヒヒヒ! 髭 屠  ワレ、叶い   流れ込ん  る。髭 器』

「テメェ……!」


 闇の異能、その能力が一つ。光を、力を奪う。その様が今目の前で行われている。

 それを目の当たりにし、アッシュの震える憤怒は空間を歪ませた。

 いいや、全身から火が、熱があふれているのだろう。さしずめ……。


「(怒りの炎か……。ここのところ炎の異能は使い渋っていた。余力はなかっただろうにこれほどの炎……これは吉と出るか凶と出るか……)」


 Bもこれには思いを巡らせる。

 もともとBはこの件に関しては部外者だ。それは本人も心得ている。


 だがしかし、若者が憎悪によって道を踏み外しかかっている。それをただ黙って見ているのは、干渉を控えた方がよい存在とはいえ……良いのか悪いのか。戦闘においては常に冷静を保つBも、多少これには思いが揺れる。


 だが、


「待て、アッシュ……。抑えろ……。俺の、獲物だ……」


 腹に開けられた穴に呼応するようにして、吐血しつつアッシュへと言葉をかけるサムソン。血を吐く様もそう、やっとで言葉を振り絞っているような声色もそう。サムソンを思えば、到底これでは介入をやめようと考えを改める謂れもないが、


「喋るなサム。今焼き切ってやる……ッ!」

「聞けよ……。まあ、見てな」


 アッシュが全身から出る怒りの炎を、剣へと集約させつつあった刹那。サムソンは血が伝う顎を、ひけらかすようにして”仮面付き”へと向けた。


 そして次の瞬間、


『イギィィィヒアアァッ!?』


 凄惨なる”仮面付き”の悲鳴がこの場へこだました。


 今や”仮面付き”という呼称も正しいのか疑わしい。何せ仮面は割れに割れ、中央を捉えて貫くものがある。――出所はサムソンの顎。つまり髭だ。


「触手が刺さり、体で捉えているからこそできる芸当だ。失敗できないからな……。だが、ただやられるって様は晒さずに済んだな……」


 刺し違え。


 刃物と刃物ならまだしも、触手と髭でそれが行われているのはともあれ、サムソンの髭は、直に相手の仮面を貫いている。


 人体の毛の中でも特別硬度が高いとされ、その硬さは針金に匹敵するとされる髭。つがえて急激に伸ばされたそれは、最早槍に等しい。


 相手が異能を以ってあたれば功を制する闇だからというのもあるが、この一撃が決定打になり得ているというのは、この場にいる誰もが認識できた。


『あ、アアアアあああああアアあアアアア……。ワレ 、消える いうのか だが  しこれで  私を 手遅れ   前に……』


 断末魔か、何か言葉を残して消えゆく”仮面付き”。

 蒸発するようにして名状しがたき体は徐々に消え、やがてその弊害も露わとなる。


「……思い留まれ。お前が火に呑まれれば、後始末に追われるのは周りなんだからよ……」


 光が消えつつある瞳でアッシュへ言葉を残すサムソン。

 仮面付きが消えるや刺さった触手も消え、蓋が無くなったので腹の穴からは血がどばどと溢れ出ている。

 とめどなく溢れ、足元には血の池が繕われる。その光景は傷の深さを物語っていた。


「頼むよ。最期ぐらいは言うこと……――」


 ぐらりと力が抜けるサムソンの身体。

 残した言葉を飲みこみ。抑え込むも、漏れだすように所々体から炎が溢れるアッシュであるが、やがてその炎も鳴りを潜めた。


「……分かったよ。今回ばかりはお前を立てよう。……すまなかった」


 能動的に回りを巻き込んでいくトラブルメイカーの、フォローと補佐に追われる日々。

 腐れ縁的ではあるが、悪いことばかりであったとは一口に切り捨てられぬ日々。


 過去を思い返してか、どこか満足げな表情で動かなくなったサムソン。


 Bも怒りの炎が悪い方に転がったらと懸念を抱いていたが、これには胸をなでおろす。


 だが……、


「聞かん坊が親友の最期の言葉を皮切りに抑制を覚える。まったく美談だな。だがこうすればどうなる?」


 わざとらしく乾いた拍手をし、皮肉気にこの場へ割って入るアビス。


 アッシュの意識がそちらに向いたのとほぼ同時に、アッシュの足元には闇が湧いて出てきていた。それは纏わりつくようにして脚を包み、やがては体に浸みこむようにして姿を消した。不気味な挙動を認識し、不安に身を窶す間もなくそれの効果は目に見えて現れる。


「……!? 何だこれは……ッ!? 力を吸う闇じゃない……?」


 アッシュの様相が苦しみのそれに代わるや、アビスは嬉々として続ける。


「ご明察。懐柔などに使う”付与する闇”だ。闇は扱いが難しくてな。怒りの炎が闇の炎に変わろうものなら……」

「何を言っ……いいイイ ギヒギヒ   テメ  何 し ……!?」


 サムソンの言葉が功を奏してか、鳴りを潜めた怒りの炎だがすぐさま変化が訪れる。


 再度アッシュの体から何かが漏れ出す。空間が歪んで見えるような熱ではない。炎を体現する赤でもない。ひどく、冷たい黒き炎。アビスの言葉を借りれば闇の炎がアッシュの体から漏れ出していた。


「安心しろ、すぐに我と同じく――――。グゥッ……!? 何だ……? 闇 介し 何か 流れ込    。ワレ、いや 私は の時を……ああああ ギヒ アア ……」


 呼応か感化かは推し量れる謂れはないが、例の”仮面付き”、ないし闇の炎に呑まれつつあるアッシュのように口調が歪むアビス。


「何  てん 。テメェ  仕掛  おいて何 起き  る?」

「黙れ!! 黙れ!! 酷 久しく表 私の意志 出   たのだ。要点 け伝え 。今すぐにワレ 私ヲ……ッ!」


 互いに意志が伝わっているのか、何なら正常な意志があるのかすらも疑わしいが、苦しみに喘ぐ二人の間に変化が訪れる。


 打ち鳴らされる金属の音。切り裂かれる肉と宙を舞う首。


 佳境といって差し支えない光景が、突如としてその場に舞い降りてきた。

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