6.謁見の間・うはっヒカリちゃんカワユスなぁ
「――よし、掴んだ。引き上げんぞおっさん」
Bを最後に、一行は先程までいた闇に包まれた部屋を脱することが叶った。
天井に出口が用意されているとは誰が思うことだろう。闇に包まれた部屋では殊更に。
「……今回も髭に助けられたね。髭ロープとは恐れ入るよ」
「お褒めに預かり光栄です。もっとも、全滅しなかったのはBさんが襲来にいち早く気付いて下さったからですが」
サムソンの髭によって作られたロープを用いて脱出は叶ったが、本来なら到底手の届かぬ位置にあった出口である。
おそらく本来は無数の『闇にうごめくもの』により嬲られ、最期の時として床に背をつけた時にそれが目に入り、絶望を煽る。そういった構成の部屋だったのだろう。
サムソンは床の水鏡から天井にと活路を得たと言うが、闇の王の趣向、意図を組めたからこそできた推理である。この場においての立役者はサムソンだろう。今後も何かに使えるかもと髭ロープを巻いて回収する大男を、一同は賞賛の目で見ていた。
「しかし、途端に内装が変わったね。牢とか迷路とかそういう感じではない。まるで城の内部にいるみたいな……」
「決めつけるには早いが、ひょっとすればもう抜けたのかもな。だとすればどうするべきか……。一旦拠点に帰って形成を立て直すべきか、それとも……」
「まあ、まだ牢だ迷路だを抜けられたと決まったわけじゃないし、今どこにいるのかも分からない。歩きながら考えるとしよう。ところで……」
ボイジャーの方へと視線を移すB。
「随分派手に濡れたようで……申し訳ない。構わないというのであれば俺の服を貸すけれど……」
「いいえ、結構。できればこの件はこれ以上詮索しないでほしいですね」
「アッソウ……」
部屋が暗闇に包まれてすぐ、Bが勘で放った飛沫だけではこれ程濡れまいというまでの浸み。闇の間にて音で粗方目途は付けていたが、実際にボイジャーの服を見てBの中では結論が下された。やはりあの場では服を脱いでいたのだと。大方、脱いだ服を床に置いたからこれ程濡れているのだろう。
「まぁ、またいつ要り様になるかもわかんねぇし、体冷やすのもよくねぇ。コートはそのままでいい」
「Bさんに引っ張られて紳士面? ……絶妙に似合わない」
「うっせ」
ほほえましい光景を目の当たりにし、頬が緩むB。
若い男女間でのそれもそうだが、騎士の模範たれと常々その重圧を背負っている者からすればこの展開にこそ喜びを禁じ得ないものだ。
「でもまあ、歩き出す前にここで乾かしていった方がいいと思うよ。濡れ衣は本当に体温奪うからね。丁度よく壁に松明もあるし――」
「流石。濡らし上手は水をよく心得ているようで」
「何か誤解招くからやめてくれないかな……」
「ふぇぇ……びちゃびちゃになっちゃたよぅ……」
「…………」
やはりどうも最近の若い衆とは、とりわけ若い女性とは距離感が掴めないとBはしみじみ感じ、諦めるようにして口を噤んだ。
~
火種はアッシュ。時にはサムソンの髭を焚火にと濡れた服を乾かすこと数分。
「ところでレディ・ボイジャー。下の部屋で見られた君の異能だけど――」
「その話は極力しないでください。秘匿性が大事なんです」
下の部屋で光が発された際にもあった文句だ。
改めて提示されるに疑問に思ったBは、
「何故?」
「何故って……。王が闇を用いてやりたい放題している国です。民衆も不満が溜まっています。そんな中こんな異能を持っている者がいるなんて知れたら、普通の生活送れなくなりますし……。それに……」
発言の途中で言い渋るボイジャー。
アイコンタクトでアッシュとサムソンに何かを確認するや、二人の反応を見て、
「下剋上を起こそうとしている面々も一枚岩ではないんです。そして、僕がこんな異能を持っていると知っているのは殆どこの場にいる面々だけです。本来は城のテラスあたりから城下に向かって光を放ち、燻っている対抗勢力を鼓舞、奮起させるのが目的で……」
「闇によって苦境に立たされた民衆。光の救世主は云々とほのめかしは済んでる。俺達があの場で王の首を取れなくても、それによって勢いと数で押そうって魂胆だった。一部の面々には合図があれば行動を起こせって言ってあるしな。だから俺達は死んででもあの場で光を届けないといけなかったんだ」
「……結構心理的にえげつない事するね、君達」
闇を操る者が統べる城から光が射す。例えるならば戦闘中に敵城塞の旗が自軍の物に変わったというような感覚に等しい。
城塞の旗のそれはBも心得ている。敵味方にどういった影響を及ぼすかは容易に想像できよう。ましてや此度の場合は旗ではなく光ときている。分かりやすい希望の象徴といってもいい。奮起する者は数多く現れるだろうとBは経験と感覚からそれを悟った。
「まあそれはともあれ……一応確認だけはしておきたい。所謂燃費とかはどうなのかな? アッシュ君以上、サムソン君未満って感じかな?」
媒体がなければ最悪レベルな燃費の異能であるアッシュ。ほぼ無尽蔵であるサムソン。なんとなく間をとって仮説を立てたBではあるが、返ってきた答えは想像とは異なるものだった。
「……条件さえ整えばほぼ無尽蔵に出来ます。けれどその条件というのが非常に厄介で……えー……。まあ、安易には出来ないことは確かです」
「そう……。今までも散々言い渋っているんだ。そこは訊かないでおくけどさ」
「助かります」
Bとボイジャーとの会話を傍目に、何故か表情がほころぶアッシュとサムソン。
先程の会話から察するに、ここで言う”条件”が何なのかもこの二人は知っているからなのだろうとBは察したが、前述の通り詮索をすることはなかった。
~
ボイジャーの服も乾いたので休憩も終了。
先程までとは一転して仕立てのよい内装の道を少々歩き、行き当たった扉を開けるや見覚えのある一室へと繋がった。
「「「「…………」」」」
一同が沈黙する理由も状況が目に入れば誰もが納得できよう。
扉の先は玉座のある部屋。つまり少々前に闇の王と一同が決戦を繰り広げていた場だ。
城には秘密の抜け道があるなんてのはよくある話である。おそらく先程までのダンジョンはそれらを流用して作られたものなのだろう。だから本来その秘密の抜け道への入り口がある玉座の間に繋がったのはさして一向にとって疑問ではなかった。問題は別にある。
「めっちゃくつろいでんじゃん王……」
「位置的に気付いていないのかもね……我々いるの玉座の後ろ側だし……」
あくまでも相手には聞こえないよう小声で語り合う一同。
だが……。
『アビスさん。大好きっっ』
「わ、私もよ。ヒカリちゃん」
…………。
王の手には闇で繕われたであろう人形のような類が。そして裏声を用いて一人遊びの類をしている様は、一同を総毛立たせるには十分だった。
座っているので細かくは分からないものの、サムソンにも匹敵しうる体格。長い襟だマントだと威厳を醸し出す格好。その全てが悪い方へと転がった瞬間である。
「あの王名前アビスって言うんだ……。しかも闇で作った相手にヒカリって名前付けるんだ……」
「悪ぃ吐き気が……」
「敵ながら見てはいけないところを見てしまったような気がしますね……」
「……サムソン。あれ頂戴」
サムソンの服の端を引っ張り、何かを要求するボイジャー。
闇の王ことアビスがヒカリちゃんにキスをしかねないような様子を見、無駄に迫真の雰囲気で急かした末出て来た物は……。
「鉄球……?」
「ええ、髭性の」
この状況で何故それをとBの頭には疑問符が浮かんだが、すぐにそれも解消された。
ブンッ――。
空をねじり切る音と共に、無言で、やたらと圧のある顔のボイジャーから投げられた髭の鉄球は真っ直ぐとヒカリちゃんを打ち抜き、
「はッ!? ええっ!?」
それを確認するや、王だとか立場だとかキャラだとかは一切関係無しに狼狽をもろに表すアビス。ヒカリちゃんは見た目通り闇から繕われたもののようで、異能を以った攻撃であるサムソンの髭玉は効果があったらしく、髭の投擲によって霧散した。
誰もが唸る正確な投擲を見せたボイジャーを起点に、一行とアビス、互いに目が合うも……場の空気は凍っていた。
恐ろしいまでの静寂。恐ろしいまでに永く感じる一時。それをやがて割るようにしてアビスは動きを見せる。
「……ん」
目と指で意を伝えるアビス。
玉座の正面に来いと伝えているようではある。
だがしかし、王を討ちに来た面々としては罠の類ともとれる行動だ。そう安々と乗るわけには――。
「……行こう。何か泣きそうになってるもんあの王様」
「ああ……。まあこの位置だと戦い辛いってのもあるしな……」
情けとも言えよう。とぼとぼとアビスが指差した方面へと移動する一行。
事実、移動中も移動後も罠の類であったということはなく、玉座の正面に一行が揃うや、
「再び会いまみえたな我が首を狙う者共よ」
「「「「(えー…………)」」」」
今までのことは無かったかのようにして、作った感ばりばりな声色で口火を切ったアビスである。これには一行も揃い揃ったリアクションをしてしまう。
だがそれもつかの間、
「一度は情けをくれやった。しかし二度目は無いと知れ!」
意味ありげに自身の背後に闇をはべらせ、あたりの空間へと手を伸ばすアビス。
何を言うんだ。無理してないか。などと最初は思った一行だがあたりの変化を見るやそんな思いも払拭した。否、払拭させざるを得ない状況にさせられた。
「うわ汚ぇぞ! 無理やりか! どうしてもか!」
「何のことか分からんな」
一行の背後には玉座の間全てを覆わんばかりの、大量の『闇にうごめくもの』が湧いて出ていた。玉座の間の上品な装飾全てを覆い隠すかのような、闇が形を持った雑兵軍そのものである。つい先ほども闇に包まれた部屋で似たような目には遭ったものの、此度は空間の明るさも相手の質も違っていた。
なまじ部屋全体の灯りは奪われていないだけに、全ての『闇にうごめくもの』が目に入ってきて仕方がない。その上、どれもが上位固体である”武器持ち”とされるものである。中には頭一つ抜けて巨体なものも見て取れた。
これには暗にアビスの本気度合いが見て取れようものだ。流石にこれ程の量を即席で作ったのはアビスも堪えているのか、繕った表情をしていても顔には冷や汗が伝っている。
「チッ……。まあいい忘れようあんなもん。元々この為にこの場に来てたんだ」
剣を抜くアッシュ。直前の光景が何であれ、現在の状況は気が抜ける類のものではないことは明白だ。相手の意向に乗るのは多少癪ではあれ、ここは気持ちを改める。
「真剣にならざるを得ませんね。この数……決して笑って流せる量では……」
「俺があいつを押さえておく! おっさんも巻き込んですまねぇが後ろは――」
「いいや」
数多の『闇にうごめくもの』達の方へと距離を詰めながら語らうB。
「これは君達自身が掴むべき勝利だよ」
Bもフルーレを抜く。
そして線引きをするようにして切っ先を床の方へと向け、横薙ぎに一閃。
――――。
その光景は、広い玉座の間の端から端までを一閃が横断したかとその場の皆に思わせた。
事実、床に出来た切れ込みからは湧き出すようにして液体が現れ始めている。
「おっさんまさか……」
「それ以上は進まない方がいいよ。湧き出ている液体は粘着性が高いなんてものじゃない」
湧き出る水を線引きとしてか、Bと若者達の立ち位置は隔てられた。
Bの発言も考慮するに足元に湧き出る水は、いわば壁なのだろう。
「ですがこの数は――」
水の壁越しに頭数の差からBを気に掛けるサムソン。だがしかし、あるものを目にするやその心配も杞憂と感じられたのだろう。サムソンは勿論、若者達は口を噤んだ。
決して格好をつけたがっているわけではない。先程本人が口にした言葉通り、誰が掴むべき勝利か。その場を繕ってくれたのだろう。
意志は、覚悟は、その背中から感じとれた。
最早そこに言葉はいらない。
決して長いわけでもなかった付き合い。決して相性も最良とは言えなかった付き合い。けれど、この場においてはその背中を見るだけで若者達は皆揃って感じたことがある。
その思いを胸に若者達は踵を返し、討つべき相手と対峙する。
水に隔てられた戦場にて、互いに戦う相手は違えども――、
決戦の火蓋は同時に切って落とされた。