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4.生贄の間後篇・髭の活路

 終ぞ迷路を抜けたというわけではないにしろ、通路とは打って変わって広い一室へと一行はたどり着いた。


 固く閉ざされた分厚い扉の前に、棺桶が一つこれ見よがしに置かれている。

 棺桶を見下ろすようにして傍には猫の像が一つ佇んでおり、その像の目が光り出すや、


『ここまでよく来たネ。先に進みたければここで殺し合いをしてもらうヨ』

「うわぁぁぁぁ!! しゃべったー!?」


 機械的で抑揚のないな声で突如一行へ話しかけてくる像。いきなりのことだったのでボイジャーは軽く飛び跳ねていた。


「殺し合いだ? 何言ってんだこの猫だか狐だかわかんねぇ像は」


 アッシュの反応は無視してか否か、像は説明を続ける。


『ボクの足元に棺桶が見えるネ。この先に通じる扉を開けるにはこれに生贄を一人分入れなくてはならないんダ。さあ、生贄を選んでネ』


 いきなり投げかけられた物騒な無理難題。

 そんな空気を和ます意図もあるのかないのか、先程口を開いた手前アッシュは続けて、


「くっだらねえ……お前をぶちこんで解決ってオチでどうよ?」


 手元に火を出しながら、脅すようにして像へと話しかけた。

 半ばまともな答えなど返ってはこないと誰しもが思っていたのだが、


『ボクは無機物だヨ。生贄にはなれないヨ』

「……ムカつく」


 消沈するようにして火を手元から消すアッシュ。


 ヤンキーとマスコットめいた像とで行われるアンバランスな会話の光景。問題自体が解決したわけではないが、これには一行の肩の力も少々抜ける。


 だが決して楽観的になれたわけではない。あくまで俯瞰的にBは口火を切った。


「……魂胆は見えた。武器が取り上げられていないことも、それほど警備が厳重でもないことも、そしてこの仕掛けも、わざと泳がせて関係を軋ませようという魂胆か。部外者の俺を同じ牢に入れたのも、この仕掛けを見越してかもしれないね」

『そうだヨ』


 妙に気さくに話しかけてくる像に調子を崩されながらも、相変わらず残酷な課題には活路が見えないでいて、一行にはぎすぎすとした雰囲気が流れ始めていた。


 誰が犠牲になるのか。多くの者がそれについてを考えている中Bは、


「例の人型、『闇にうごめくもの』あれをどこかから連れてきて棺桶に入れるというのは?」

「妙案ですが……誘導ができません。王本人が作り出す闇ほどではないにしろ、あれ自体にも生身で触れると力を奪われるのです。おまけにこちらからは物理的に触れることはできませんので……」

「異能を介せば戦うことはできるんだよね。縛る類の異能があればなんとか……」

「私の髭で縛るのですか? 残念ですが異能に触れれば、あれは削がれるように消えていきますのでその案も……」

「そうか……」


 折衷案としてはよいところであった案ではあるが、実際は霧を掴むような話である。薙ぐことは出来ても掴むことはできない。闇の異質さ、いやらしさには皆心を悩ませた。


 同時にBの反応を境に訪れた沈黙が嫌な緊張を生む。


 どんな人間であれ腹の内は計り知れない。それが他人でも、自分でも。


 今までに見てきた応対を見るに、そんなことはしないだろうとは思いつつも「なら仕方ない」といったノリでいつ斬りかかってきてもおかしくはないと若者達の間にはBに対する不信感が先行していた。助け、助けられた仲とはいえ、所詮は会ってから一日も経っていない他人である。


 王が意図してか否かは分からないものの、確かに今この瞬間、この空間には軋轢を生みかねないぎすぎすとした雰囲気が存在した。


「…………」


 思考というよりは本能的に、武器を持つアッシュとサムソンは手を柄にかけてしまう。同時に、Bの立場やこの環境についても思いを巡らせてしまうのは当然の帰結だった。


 長い付き合いであり、覚悟を持ってこの場へと赴いている若者三人とは唯一立場が違うB。そしてこういった誰かが犠牲にならなくてはならないといった場合、大抵の場合どんな人間でも考えることは相場が決まっている。「自分でなければ誰でもいい」だ。


 哀しいがそれが人の性だ。どれほど取り繕おうとも、結局のところ自分に勝る価値のあるものなどこの世には存在しないのである。


 例外があるとすればタナトフィリア。もしくは子供や恋人、あるいは主人など、溺愛する対象がいる者のみだが、それを持つ者はこの場には一人しかいない。


 それが誰かはさておいても、この状況とBの立場は場を沈黙させるには一役も二役も買っていた。


 部外者が一人混ざっている以上、B側からも若者側からも「自分がやる」とも「誰がやれ」とも言えない状況を作り出す。


 王を討ちにこの場へ来ている若者側からすれば理想はBが生贄になることではあるが、Bの実力は既に目にしている。束でかかって棺桶に入れようにも苦労することは必定だ。


 仮に成功したとしても、無傷で済むとは到底思えない。おそらくそうして戦力と精神を削ぐのがこのダンジョンの意図、そして王の魂胆であるのだろう。


 逆に若者のうちで生贄一人を選抜したとしても、旧知の仲である三人だ。後にそれを引きずらないわけがない。


 そして想定しうる最悪のパターンはBが力を以って生贄を作り出すことだ。そうなれば以後協力関係も何もなくなる上、犠牲は一人では収まらなくなる。


 流石にそれを解っていないBではない。さりとて簡単に命を捨てられるような立場でもない。この場で足踏みをさせるのが目的ならそれは大成しかかっている。


 そんな空気を割るようにしてBは、


「ここ以外に先に進む道はないのかな? 道中は迷路のようだったし、別の道があってもおかしくない。それを今から探すというのも――」

『ないヨ』


 波風を立てぬようにと出たのか穏便そのものな案だが、即否定をしてくる像。

 否が応でもこの問題に直面させたいようだ。


「……どうしても俺達に殺し合いをさせたいらしいな。あまり言いたくはないが……おっさんは最悪の場合どう出るつもりだ?」

「それは全ての手が出尽くした際の最後の手段だ。あくまでもこの場の主目的は、仲間割れと時間稼ぎを煽ることだろう。でなければもっと入念に閉じ込めておくはずだよ。そんな挑発や誘いに乗ってはいけない」


 諭すようにして場を纏めるも、最悪の想定もBはどこかでしているのを若者達は敏感に感じ取り、ある者は背筋に、ある者は首筋にと寒気が走る。


「まずは考えられるだけ案を出してみよう。たとえば扉を壊すとかだ。俺の場合、休んで本調子に戻れば切れる自負はある。けれど、それができるようになるまでどれ程時間がかかるかは分からない。若い衆はどうか意見を聞きたいね」

「……俺も物を壊せる程回復しちゃいない。というかそもそも、何かを壊すにしても俺の異能は火が燃え移らない物の破壊には向いていないんだ」

「それなら牢の扉を開ける際のあれは何だったのかな……」


 脚に火を纏わせ、無駄に格好良い蹴りで牢の扉を開ける光景を思い浮かべつつBは問う。アッシュの発言に対して、特に長い感覚を開けて出た言葉でもないあたり、割と今に至るまで気にし続けていたのだろう。


「あの時は知り合って間もなかった。舐められないよう格好つけただけだよ」

「……それは成功だね。格好良かったし。過剰なくらい」


 扉を壊すにあたり、一旦アッシュの異能については区切りとしてか、Bとアッシュの視線がサムソンの方へと向く。その光景はサムソンにとっては「では格好良くない能力筆頭の方はどうかな」と言っているような印象を抱かせた。そんな意はないと分かってはいつつも、これには少々複雑だと心情が表情に現れるサムソン。


「……髭に何を期待しているのです?」

「いや、植物の根みたいに石さえ穿てるような力があったりしないかなとか思ったのだけど……どうかな?」


 髭の伸びを用いて扉を穿つ。破城槌ならぬ破城髭。柔軟な思考から出た提案だとは分かってはいつつも、サムソンは苦い顔で、


「やる光景を想像するだけでもシュールですが……扉よりも私の顎の肉の方が柔らかいので押し負けます。そうなれば後に待つは……」


 毛が表に出てこれず、皮膚の下に埋もれてしまう運命を辿る。基本太くて真っ直ぐである顎髭には珍しい埋没毛であるが、髭のスペシャリストともいえるサムソンにはそれの経験があった。


「痛いとか酷いとかそういう次元ではないのですよ。一度なったことはありますが、毛先が皮膚の下で迷子になっているような感覚なのです。発掘するために埋没している髭を伸ばしたところ、皮膚の下で膨らみすぎて毛穴を中心に顎の肉がはじけ飛びましたからね」

「oh……」


 これには毛深くはないBも驚きと寒気を隠し得ない。


 アッシュもこれには「あれはおぞましかった」と言わんばかりに横でうんうんと頷いており、ボイジャーは……お察しの通りである。


「それなら無理強いはできないね。……早速約束を破ってしまいそうではあるのだけど、レディ・ボイジャーの異能は、今この場での活用法が見えない類のものなのかな?」

「……ええ、まったく。というか基本的に僕の異能が役に立つ場面はそうそうありません。それに、出来れば使いたくもない類のものです。できれば話題を変えていただけるとありがたいのですが」

「そうしよう。他に案がなければ次の案を御覧じたいのだけど、構わないかな」


 別の生贄を探す、退き返して他の道を探す、扉を壊す。


 現状出たそれらの案の他に、壁をすり抜けて向こう側から開けるなど、案が思いつかないわけではない。だが出来る出来ないの問題は勿論、この世界に生きる若者達にとってはこの世界の常識に思考が縛られるのは必定だ。奇策の類は咄嗟に思い浮かばず、その沈黙を肯定とし、Bは口火を切る。


「この問題を、謎かけの類と考えた思考だ。問題を検めてみよう。『この先に通じる扉を開けるにはこれに生贄を一人分入れなくてはならない』そして『先に進みたければここで殺し合いをしてもらう』この二つを紐づけて考えるととある疑問が生まれる。生贄を入れろと言っているのに”殺し合い”を強要している。この所以は――」

『出来立ての死体ならそれでも構わないヨ。ご存じの通り仲間割れをさせるのが目的だからそこさえクリアできれば過程はどうでもいいヨ』

「……それはどうも丁寧な像さん」


 だったらそれを丁寧に伝えないでも、黙っておけばより一層それを煽れるのではと一同は思ったが口には出さずにいた。


 人間が特出してはいるものの、悪意とは生き物特有のものだ。自他ともに認める無機物であるこの像には、そういった感情は持ち合わせていないのであろう。一考にとっては願ってもいない展開だ。畳み掛けるようにしてBは、


「ではもう一点疑問な部分についてお尋ねしよう。生贄を”一人分”というところだ。一人ではなく一人分と表現したね。その所以は?」

『それは――ア、ア、アワワワ……』


 流石に突かれたくない部分を突かれたのか、露骨に焦りを見せる像。

 実態が何であれ、Bの発言した部分に何かがあるということはこれで説明がついたようなものである。


「入れるのは『一人でなくてもよく、一人分であればいい』『無機物は生贄にはなれない』『出来立てであれば死体でも構わない』もとい、元生き物であればいい。これから導き出される案としては……」


 一同の視点がサムソンへと集まる。

 この時に限っては像からでさえサムソンは視線を感じていたことだろう。


「えっ……まさかですけど……」

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