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3.生贄の間前篇・髭と唾液とタライ

 細い通路にて、壁に少々の水飛沫の跡と煤の跡。


 これだけならば少し前までここで戦闘が行われていたとは露とも思わせない。それほどまでに跡形もなく、まるで最初からいなかったようにして突然現れた人型はこの場から姿を消していた。


「……お見事。助かったよおっさん」

「どうも。怪我はないかな」


 討ち漏らしがいないのを確認し、Bも鞘にフルーレを収めた。汗のひとつもかいておらず、呼吸も乱れていない優雅な立ち振る舞いである。


 戦闘の直後だというのにこの落ち着き様。さりとて気を抜いているというわけでもなく、底の見えない不気味ともいえる闘気の静けさ。熟達の騎士のそれは、アッシュを筆頭に若者達には怪訝に映った。


「闇が人の形を成したもの、そんな感じだったけれど、さっきのあれは何だったのかな?」

「闇の第三の活用です。闇自体に形を成させ、いわば雑兵を作り出します。便宜上我々はあの人影を『闇にうごめくもの』と呼称しています」


 サムソンの発言を検め、第三という響きに内心Bの中では懸念が生まれる。


「……まさか第四、第五もあるの?」

「いいえ、大まかなところでは三つに絞られます。我々が分かっている限りはですが」


 その言葉に内心Bは安堵を覚えたのかほっと一息をつく。そのリアクションに、若者達はより一層Bの底が見えなくなる。


「それじゃあ纏めると、こちらの闇の王は闇を操る。光もとい他者の威光、能力を奪う。他者の心に闇を巣食わせ懐柔する。闇に形を与えて雑兵を作る。そういうことだね」

「はい、まさしく」

「なら活路はあるね……」


 闇の王が王たりえているのには理由がある。単純ではあるが、端的に言えば能力が強大であるからだ。


 本人曰く『珍しい』と自称するアッシュの能力と比較しても、能力の活用法が多岐にわたる。世が世ながらチートといっても差し支えないくらいの優遇された能力だ。


 そんな闇の王の能力を聞いて絶望するのならいざ知らず、前述の発言である。これには若者たちは揃い揃って「えー……」と表情にその心情がもろに現れるも、


「要は相手の攻撃に当たらずにこちらの攻撃を当てればいい話だろう」

「「「(いや、そうだけど……)」」」


 なんとも簡単に言うものである。それができれば苦労はないと若者達は同時に思った。

 同時に、それを難なくやってしまいそうなBの雰囲気には息を飲まされる。


「というより、発言の端々から察するにですがBさんも一緒に戦ってくれるのですか?」

「まあ、部外者だから本来は介入するべきでない事柄なんだろうけども、俺も能力を奪われているからね。取り返す必要性が出来てしまっている。それに、以前も説明したけど空間の移動は俺ができるわけじゃないんだ。迎えを待つ必要もある。だからそれまでは付き合うよ。どの道まだ脱獄は出来たとは言えない状況だしね」


 半ば、自身の成すことが失敗する道は考慮していないような口ぶりである。口にする人間が人間であれば希望的観測と嘲笑の的になるだろうが、この場合においては誰もがそのような感情は抱かない。そうさせるだけの得体の知れぬ気概、底の見えぬ何かがこの時のBには溢れていた。


「ところで……アッシュ君の発言を検めるに、異能を介さなければ攻撃も通じない対象に対して時間稼ぎを任される。そのことからサムソン君も異能を持っているのは察せられるのだけど……戦闘向きではない能力なのかな? 今後も訪れるであろう似たような状況に備えて聞いておきたいのだけど、構わないかな?」

「構いませんが……概ねお察しの通りですよ。アッシュやBさんの異能とは違い、ありふれているつまらないものです。私は髭を伸ばせます」

「ん……?」


 それまでにあった気概はどこへやら。

 一転して目を丸くして聞き返すBの姿には若者達もまた別の疑問を頭に浮かべていた。


「えっ? ありふれている? 髭を伸ばすのが?」

「そうですが……」

「……伸びるのが異様に早いとかそういう感じ?」


 Bも年齢的には中年である。本人の髭は濃くない方にしても、そんな体質の知り合いには事欠かないので、知り合いの顔を思い浮かべながら浮上した疑問をぶつけた。


「いえ、任意にです」

「指の毛とかじゃなくて、人体の毛の中でも硬度が高いで有名な髭だぞ。本人は謙遜しているが、”ありふれた枠”でじゃ筆頭クラスの実力者だぞおっさん」

「あまり持ち上げるなアッシュ……。王も然り、お前とBさんの前でじゃ立つ瀬がない」

「いやいやいや、待って待って……」


 さも当然ですよと言わんばかりにサムソン、アッシュとで話が進む。そんな空気に呑まれまいとBは割って入った。


「サムソン君がどうとか関係無しに、ありふれた異能ってどんなのなの?」

「……唾液を出そうと思えば無限に出せるとか、その時その時で落ちてきても自然な物を任意の相手に落とせるとかそんなのですが」

「…………」


 頭を抱えるB。


 常識や普通と呼ばれる物はその場その場、個人によって異なる。中年のBはそれを心得てはいる。さりとて、サムソンの返答にはこうせざるを得なかった。


「それじゃあレディ・ボイジャーの異能もそのような――」

「変態」

「……それは失礼。もうこの話題には触れないよ」


 補間せざるを得ない。同時に納得せざるを得ない。火や水に続き、雷だ土だとかそういうのではなく、この世界ではそんな能力が蔓延っているのだと。


「それなら……未だに気になっているのだけど、物を相手の頭上に落とせるって異能はどういう能力なのかな……何が落ちるの……?」


 この質問にを皮切りとし、少々空気が張り詰める。

 アッシュに目配せをするサムソン。何かをアイコンタクトで確認した後、


「その時によって自然な物が落ちます。野外なら木の枝や鳥の糞。室内ならボールや照明。使用者の技量次第ではその場にとって不自然な物でも落とすことが可能です」

「というと?」

「決まってタライを落とせる者がいました」

「……成程」


 疑問が晴れたというわけではないが、区切りとしてBはそう口にする。

 おそらく、深く考えてはいけない類のものなのだろう。Bはそう思った。


「ま、その手の話はもういいだろ。こんな狭い中またあいつらに湧いて出られたらたまらねぇ。先に進むとしようや」

「そうだね。そうしよう」


 アッシュの提案を皮切りに、再び一行は歩を進め出した。

 


 ~

 


 迷路のような道を歩きながら、先程の会話もあまり流れていない中Bが口火を切った。


「しかし髭とはね……。異能とかではないけれど、俺の知り合いにも髭の伸びが早い奴がいた。隠し芸みたいな使い方だが、あいつは普通ではない髭の使い方を心得ていてね……」

「ほほう。是非ともお聞かせ願いたいですね」


 兵器設計者で言えば自分の知らぬ設計図を手に出来る機会に等しい。髭の活用法をとで、サムソンは食いついた。


「半日もすれば目視で分かるくらい伸びが早いんだ。本人は伸び具合で時間を測れるらしい。手触りで長さを記憶し、調べたい時にまた手で触れて『あれからこれくらい経ったな』とか無駄に正確な情報をいつでも披露する。――通称髭時計」

「……」


 それは”正確な間隔で伸び続ける髭”という異能なのではないかとサムソンは思った。同時に、そんなのを見分けられる触覚の繊細さの方が異質だとも。


「まあ、記憶にとどめておきます。私に同じ事が出来るかは分かりませんが……」

「いや、出来なくて当然だろそんなの。その知り合いの人がおかしいぜきっと」

「それは俺も同感」

「「「HAHAHA」」」


 野郎共が髭トークに花を咲かせる様を、ボイジャーは一歩引いた位置から冷めた目で見ていた。複数人で集まっている中、自分のみが会話に入れない話題で盛り上がっている上内容がくだらないとくればこんな目にもなろうものだ。その瞳は作業的に毎日数十人の首を刎ねているような処刑人を彷彿とさせる。


「下劣……」

「……コホン。まあそれはともあれ、皆の能力の活用法については未だに疑問が残っているんだけども……。応用的な使い方に乏しいというか、限定的な使い方しかできないみたいな印象なんだけど……。アッシュ君火を飛ばすとかはできないの? 空中で火の玉形作って相手に飛ばすとかそういう――」

「できねーよそんな魔法じみたこと」

「ならサムソン君。髭を含み針みたいな要領で射出して攻撃とかそういうのは……」

「人の顎にそのような機能は……。それ故、出来ません」


 この応対でBはこの国の事情を粗方把握した。端的に言ってしまえば格好いい感じの能力というものは、そうそう存在しないのだと。


「それなら改めて考えてみると……闇の王の能力は異質だね。格好いい感じなのもそうだし、最低でも三種類も活用法があるとで優遇されているというかなんというか……」

「ええ、支配者になるべくしてあるような憎たらしい異能です」

「まあ、異能が異能なだけにその闇を払い、照らす者として俺達に期待が集まっているからな。こんなところで死ぬわけにはいかねぇんだ。そんなタイミングで何とも間の悪いことだが……このダンジョンの目玉ポイントといっても差し支えないような所に来ちまったな……」

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