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1.脱獄・悪魔風脚

「やってくれたねーおっさん」


 四人揃って枷に繋がれ、ろくに灯りもない狭く冷たい牢の中。あの場に突然現れた人型が意識を取り戻したのを見計らい、アッシュが口を開く。


 全ての事情、状況を飲みこんでいる者はこの場にいないにしろ、内心「被害者はこちらの方なのでは」とあの場に現れた人型は顔を歪ませ、


「……よく分からないけど、君達は戦っていたという認識でいいのかな?」

「ああそうだよ。男と男の一騎打ちだ。普段は性根の腐ったクソ野郎そのものだが、あの瞬間に限っては清々しささえ感じられていた。そんな勝負に割って入って来た誰かがいるらしいんだが……誰だと思うね?」

「悪かったよ。狙ってあの場に落ちたわけじゃないんだ」


 人型の言葉に、アッシュを含む若者三人はあの場にこの者が現れた際の状況を検め、一応は納得の素振りを見せる。


 手枷をいじりながらアッシュは続けて問う。


「あんた何者なんだおっさん。空間を移動する異能があるなんて聞いたことがない。どこかの王様? それとも神とか言っちゃう?」


 アッシュの問いと会話の内容、ひいてはここに現れて最初に目にした事を検め、人型は何かを察したようなそぶりを見せた。


「……そういう存在に飛ばされてきただけの、しがない中年だよ。Bとでも呼んでくれ」


 明らかに本名ではない名前であるが、現れた際の状況を思い若者達は詮索はしなかった。秘密を抱えているのは誰もが同じである。


「それで、あの時君は手から火を出していたように見えたけどね。それが君の能力とでもいうのかな?」

「そうさ、珍しいだろう。まあ待ってな、今――」


 手枷を中心に全身をくねらせるアッシュ。やがてゴトリと、床に何か重い物が落ちる音がした。灯りもない牢なので何が起きているかは誰も分かっていないが、先程の音に続いて牢の中で響く足音が状況を知らせてくる。そして、


「おーあったあった。ほれ」


 指を鳴らす音と共に、牢の中に明かりが灯る。出所は壁にかかっている松明だ。すぐ傍には枷に繋がれていないアッシュが立っており、誰がこれをやったのかをも物語っていた。


「まあ、燃費がよくない異能だけどな。薪みたいな媒体がないと維持もろくに出来ない。ええと、つまり……」

「火を単体で出し続けるには絶えず力を使い続けないといけない。だからやればやるだけ疲れる。そんなところかな?」


 Bの飲みこみの良さに驚愕する若者一同。話が早いと安堵もしていた。


「そう、その通り。おっさんも似たような異能を持ってるのか?」

「……まあそんなところだよ。ところで、どうやって枷から抜けたのかな? 自由にしてくれたら俺の能力もお披露目できるんだけど……」

「まあ待ってな。外すにしても順番だ。おっさんは最後。納得できるよな」

「ああ、勿論」

 


 ~


 

 少し前まで手枷がはまっていた手首をさすりながらBは口を開く。


「外してくれてありがとう。けれどそこは普通に道具を使っての鍵開けなんだね」

「節約だよ。元々おっさんが現れたあの瞬間には使い切る算段だったんだ。時間が経って多少回復したとはいえ、多用はできない状況でね」


 アッシュの発言を検めるに、察するに魔力だとか、そんな類の力が切れかかっているのを伝えているのだろうとBは補間した。同時に、別の疑問がBの脳裏には浮かぶ。


「節約? それなら一番最初の、君の枷は……」

「接合部を焼き切った」


 まったく便利な能力だなと言わんばかりにBは黙って賛辞を送った。

 賛辞には慣れているのか、それには特に反応を見せずにアッシュは続けて問う。


「まあ、それはともあれだ。おっさんも異能持ちなんだろう? 説明してもらうぜ」

「結構。だがしかし、そのためには俺の剣が必要でね。……返していただけるかな?」


 Bは視線をアッシュから、距離を取っている二人の若者へと移した。


 相変わらず灯りには乏しいので全容は分からないにしろ、一人は大柄、もう一人は小柄な風貌である。

 Bの発言には大男の顔も歪む。顔の半分が髭で覆われており、なんなら喉元さえも髭で覆われているような様相だが、目元の変化だけでも心情はBにも伝わった。


「何故自分が剣を持っていると……?」

「愛剣だからね。なんとなく分かるんだよ」

「ふむ……。しかし……」


 この場にいる若者達とは違い、Bはイレギュラーな存在だ。突然現れ、突然合流。一緒くたに牢へと入れられてはいるものの、現時点では仲間といえる仲ではないし、信用できる相手かどうかも分からない。おまけに狭い牢の中だ。仮にBが攻撃を仕掛けてこようものなら逃げられる余裕もない。大男が得物を渡すのを渋る気持ちは、誰もが理解していた。


 しかし、


「……わたそう」


 大男の影から姿を現した、小柄なもう一人の若者がそう提案した。


 頼りない肢体、それに可愛らしいスカート姿はこの場、もといあのような戦いの場に立つには不釣り合いな印象だが、アッシュも大男もそれを気に掛けている素振りはない。


「非常に手入れの行き届いた見事な剣だよ。それにさっきの愛剣発言。よほど剣に偏愛を寄せている変態か、紳士かのどちらかと見える。これまでの言動を見るに僕は信用にたる人物だとは思うな」

「……ボイジャーがそういうのなら」


 大男はしぶしぶ、Bに対して剣を渡す。ボイジャーの所見も嘘偽りないと納得させてしまうような銀色の剣が大男の懐から姿を現した。


 意匠が凝られているわけでもない、大ぶりでぎらついているというわけでもない。軽く、扱いやすく、その道では最も基本的とされるフルーレ。言い方を変えれば地味ともつまらないとも言える剣だが、ボイジャーの言うよう施された手の入れ様を主軸に、この剣にはBのことを何一つ知らない者でも”特別”だと感じる何かがあった。


 剣を受け取り、Bは微笑みながら言葉を返す。


「ありがとうレディ・ボイジャー。……そちらは」

「サムソンです。どうか信を裏切って下さいませぬよう」

「信を置かれてこその騎士。さらには期待を上回ってこその紳士だ。それでは我が能力、御覧に入れよう」


 得意げに剣を手元で回しながら、Bは牢の扉の前にと移動し――。


「――!」


 扉の前にて剣を一振り。


 その一閃を皮切りに、Bの発する雰囲気は一変。寒気すら覚えるほど張りつめたものとなり、狭い檻の中、その空間には緊張が生み出された。


 そんな気の張った瞬間、続けてぽたぽたと雫が垂れるような音が突如響き渡る。


「……あれ?」


 少し遅れて顔を見せるBの間の抜けた声。


 手にしている剣を見つめながらの発言だ。距離感を見るに、剣で直接扉を切ったわけではないことは明白だった。その上Bのこの発言。状況を察し、アッシュが口火を切る。


「……それがおっさんの異能?」

「いやちょっと待って。いつもはこうもっとこう……」


 ぴゅっ、ぴゅっ――。


 唐突に、間が悪い感満載の二度の出がらし。

 音の出どころはBの持つフルーレだ。剣先から、水が頼りなく射出されている。


 刀身に穴が開いているわけでもなく、仕掛けの類ではないのだろう。だがしかし、このタイミングでこんな様を見せられては若者の思うことは一つだった。


「……はいはい大体わかったよ。若い頃は~って奴な。中年や老人の典型的なあれな」

「……あまり口にはしたくないですが、こうはなりたくないですね」

「不潔……」

「何か勘違いしてないかな君達!?」


 先程の覇気もどこへやら。一転して急に威厳が無くなるB。

 アッシュに片手で移動を余儀なくされ、先程のBのいた位置にアッシュが入れ替わる。


「察するに水を作り出せて、高圧で――ああ、失礼。元気よく射出することで鉄をも切れるとかそんなんだったんだろうがまぁそういうこともあるだろうさ」


 相変わらず不服そうではあるが、晒した醜態の手前黙ってそれを聞いているB。年甲斐もなく口をへの字に曲げ、「ぐぬぬ」といった表現がぴったりと当てはまる様相である。


「ま、力仕事は若い衆が引き受けるよ。下がってな」


 片足を上げ、それを皮切りに先程のBのそれとは打って変わって荒々しく、猛々しい気を発するアッシュ。上げた足の周囲に炎が這うようにして現れ、やがて……。


「…………」


 派手な音をたてながら、アッシュの炎を纏った蹴りによって牢の扉は扉としての役割を終えた。


 それを静かに見ていたBは複雑な様相である。心情を表すのならこんなところであろう。


「(火を纏わせる必要はあったのだろうか……。無駄に格好良いことしてくれんなこの若者)」

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