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第8話「訪問者(side リリーナ)」

 目が覚めた時、私はベッドの上にいた。

 嗅いだことがないような刺激の強い匂い。聞いたことのない言語。石でも木でもない部屋の内装。窓の外に広がるのは、王城を思わせる天高くそびえ立つ建造物。

 その時、私は理解した。ここは今までいたアフトクラトラスではない。別な世界だと。


 意識を取り戻した私に気が付いたのか、白衣の女性が笑顔で語りかけてくる。当然、言葉は理解できない。

 ただ彼女の行動に敵意は感じられず、ベッドもとても柔らかい。おそらく私はここに運ばれ介抱されたのだろう。

 意識を失う寸前の記憶は、あの牛ババァと戦っている時のものだ。そして目の前の空間が歪んだと同時に記憶が途絶えている。おそらくは私を好かない王宮魔術師どもが「巻き込むように」空間断裂の魔法を行使したのだろう。私が禁止した(・・・・)にも関わらず。

 そして運か奇跡か。虚無の空間に捕らわれることなく、この世界に流れ着いたようだ。


 話しかけてきた女性は、何かを確認すると部屋を後にした。その隙をついて私はこっそり抜け出した。

 そして、全てが違う世界を彷徨った。道行く人間は、誰もが仮面をかぶっている人形のように無機質だ。苦悩という名の仮面を。

 兵士のような高揚も商人のような活気も村人のような温和も持ち合わせてはいない。まるでそれは、生きていることそのものが罪である罪人のようにこの世界に捕らわれている。


 だが彼だけは違った。

 私の目の前に現れた少年、佐久間映司は、何故か他の人間とは違い温かい光を纏っていた。



 ◇ ◇ ◇



 声がする。女の声。私を呼ぶ声だ。


「リリーナさん。もうお昼になりますよ?」


 アフトクラトラスの言語で話しかけられ、私の意識が急激に現実に戻る。

 佐久間映司の家で眠っていた私にティナが話かけた結果だ。普段、日本語の勉強をしている彼女だが、私と二人っきりの時はアフトクラトラスの言語で会話している。


 ティナはとても「彼女」に似ている。アフトクラトラスの五大貴族の一つ、エスペランス家当主に。

 最初、フランかと思ったがよくよく見ると彼女はティナのようにおしとやかではない。猫をかぶっている可能性もあったが、親友である私の前でそんな真似をする必要もないのだから。

 エスペランス家と関わりのある人間なのかと聞いてみたがティナは知らないという。偶然にしては特徴が一致しすぎているが、この世界では気にするだけ無駄か。


「おはよう」


「もうお昼なんですが……そうだ。目覚ましに甘い物でもどうですか? 映司君が買ってきてくれたんです」


 ベッドから起き上がり、リビングのソファーに腰かけた私にティナが笑顔で語る。

 この家の主、佐久間映司は今、学校という場所へ行っている。彼は学生という身分で学び舎のようなものに通っているらしい。


 うなずく私にティナは微笑み、冷蔵庫へ向かう。

 この冷蔵庫という代物。生肉や野菜などの食材も腐らず保存できる優れもので、中は冷気に満ちている。いささか大きいのが難点だが、ぜひともアフトクラトラスで実用化してほしい。

 ティナがその冷蔵庫から持ってきたのは、白い皿に乗せられた丸い奇妙な菓子だった。

 

「『しゅーくりーむ』というお菓子だそうです。中にやわらかい『くりーむ』という甘いものが入っています」


「ほう。興味深いな。これはどうやって中にそんなものを詰めているんだ? 焼き菓子はアフトクラトラスにもあったが、中身にその『くりーむ』なるものを詰めているのは経験がない。見たところ、切っているわけでもないしな」


 まじまじと二人で見つめるしゅーくりーむ。外側は焼き菓子に似ているがはたしてその中身は?

 その時、何かを発見したのかティナが声をあげる。


「見てください! 小さな穴が開いています!」


「この穴か? でもこんな小さな穴からその『くりーむ』なるものを入れることができるのか?」


「謎……ですね」


「まさに神秘だな。まずは食べてみよう。話はそれからだ」


 手で掴んでみる。思ったより表面は固い。

 歯で噛むとサクッとした歯触りと想像以上に中に詰まっている『くりーむ』が溢れだし、「ううう」と思わず変な声をあげてしまった。

 この『くりーむ』とやらがねっとりと舌に絡みつき、魅惑的なほどに甘い。舌触りもとても滑らかだ。


「どうですか?」


「これは……美味だ。外側のサクサク感と中に詰まっているなめらかなくりーむの相性は他の菓子の追随を許さない。経験したことのない味だ」


「気に入ってもらったようで何よりです。さてわたしはこれを頂きます」


 ティナが満面の笑みを浮かべて持つのは同じ白い皿。上に乗っているのは串が通った三つの緑色の丸い何か。『ネット』と呼ばれる以前みた情報によるとあれは『団子』というやつか。それに黒い何かが乗っている。

 

「『よもぎ団子』といいます。映司君と一緒に買い物へ行ったとき見かけて。食べてみたらこれがすごく美味しくて。『よもぎの葉』と呼ばれる草を材料に練りこんでいるお菓子です。上に乗ってるのは『あんこ』といいます」


 草。

 いや、よもぎというものが何かわからないがおそらく食用の草なのだろう。しかし色合いといいティナの好みは……渋いな。

 彼女はよもぎ団子とやらを一つたいらげた後、何かを思い出したかのように突然、立ち上がりテレビのスイッチを入れた。


 この世界は魔法がないかわりに「科学」というものが発展している。先程の冷蔵庫や目の前にあるテレビというものもそれの産物で、ここではない別な場所での出来事をこのテレビに投影しているらしい。詳しくはわからない。

 この科学というものが魔法とは違い、とんでもない利便性をもっている。最近、私が見ている「ネット」が最たる例だ。

 これは小さなボックスの中に王立図書館が詰まっているようなものだ。しかもキーワード一つで知りたい情報をもってきてくれる。何故、賢者のクソじじぃどもはこれを作らなかったのか。脳みそがもう干からびているのだろうが。

 あと佐久間映司のもっている『すまほ』というもの。アレが私は今、すごく欲しい。


 丸い何かを押したと同時に画面に映し出されるのは一人の女性だ。その声で意識が思考から戻る。


『こんにちは。正午のニュースです』


「こんにちは」


 テレビに向かって挨拶をし頭を下げるティナ。いや、ちょっとまて。それは映しているだけだぞ?


「ティナ。テレビは返事しないぞ?」


「ふえぇ? 中に人がいるんじゃないんですか!?」


 驚くティナを見て私は軽くめまいを覚え頭に手を添えた。そのうちテレビまで「家族」とか言い出すんじゃないかと不安にさえなる。

 彼女を一人にして本当に大丈夫なのか佐久間映司。今は私がいるからいいものの、少なからずここにくる前は、ティナを一人にしていたのだろう。よく何も起きなかったものだ。


「ティナ。君は私がくるまで何もなかったのか?」


「わぁい? だいじょおぶでしゅたよぉん」


「食べるかしゃべるかどちらかにしてくれ」


 彼女は私の言葉に急いで団子をごくんと呑み込んで。


「大丈夫でしたよ? 帰ってくるまで家にいてくれって言われてましたし。誰かきてもいないフリをしてくれって言われていました。なので誰かきたら息を止めてました」


「まて。息は止めるな。死ぬ」


「苦しかったです」


 頭が痛い。

 粘る来客だと最悪、ティナが窒息死するところだった。どうやったらそんな行動をするのか。

 映司が何か変なことを言ったのではないかと思い、彼女がメモした紙を見せてもらう。

 思った通りだ。綴りが間違っていて「息を潜めて」と書こうとしたのを「息を止めて」になっている。あの馬鹿映司め。もっとも忠実に実行するティナもティナだが。


「しかし文通だと何かしら不便はあるだろう。私がくるまではどうだったんだ?」


「えーと。最初に覚えようと思ったのが彼の名前でした。まずは名前だけでもきちんと言えるって伝えたくて」


 視線を下に落として頬を上気させるティナは女の私からみても可愛らしい。私がくるまでに二人の間に何があったかは知らないし関係ないけど、どうやらティナは彼に個人的な感情を抱いているように見える。


「ただ頑張って言ったら映司君、何か戸惑った様子で。難しいですね言葉の違いって」


 戸惑う……ね。おそらく名前の部分だろう。私のいた世界とは違い、この国では家名は最初にくるようだ。おおかた「映司」を「エッチ」と発音して勘違いが暴発したといったところか。私も覚えがあるし。

 まぁ彼の心情など理解できないし、当時のことを推察するつもりもない。ただティナのような綺麗な女性に「エッチ」など言われたら戸惑うのも無理はない。むしろそれで理性を保っていたのだから彼は幾分、マシだということか。


 私は再び「しゅーくりーむ」を片手にテレビに視線を移す。そこでは女性がある事件について語っていた。


『椋見市内で起きた青年のバイク圧死事故で、その場を離れた不審な男女の姿が目撃されており警察では……』


 明らかに私と映司のことだろう(・・・・・・・・・・)

 これだけの大都会。見ていないようで誰かの視線はあるものだ。おそらくあの場を離れた時の状況を見ていた人物がいたのだろう。


 映司を守るため、私自身を守るため、刃物をもった男を殺した。

 彼とはその一件で一度、口論となったが今は、お互い歩み寄ることで事なきを得た。私としては彼の主張に納得したわけではないが、「家族ごっこ」という言葉に温かさを感じたのは事実だ。正直、悪くはないなと思ってしまった。

 だが私達の間で事態が収拾しただけで、実際に殺した事実は何も変わらない。警察という組織が動き出した以上、私と映司の日常は崩れるかもしれない。

 私は別にいいとして問題は映司のほうだろう。しばらくは私達だとばれたりはしないだろうが彼のために、さてどうするべきか。


 そこまで思考してふと気が付く。映司のため……か。

 いつの間にか「彼のことを考える」ようになっていた。調子が狂っているのか、それとも正常に戻っているのか。

 過去の自分に思いを馳せて。それとまったく違う今の自分自身に重ね合わせて。私は苦笑した。



 その時、私の笑みを消す存在が近づいてくる。

 何者かが階段を上がる気配。咄嗟に発動した索敵の目によると長身の男性。


 索敵の目は通常、敵意を持つ相手に対する索敵のために使用する探索魔法だが、私のそれは改良を施し、敵性行為のない生物にも対応するようにしていた。

 探索の情報によると武器の携帯は見られない。だが隙の無さや随所で見られる身のこなしで武術等を会得している可能性がある。達人ならば素手であっても容易に人は殺せる。油断はできない。


 素通りすることを期待しながら様子を伺うが、やはり悪い予感というものはよく当たる。

 男は見事、映司宅の扉の前に立ち止まり、インターホンを鳴らした。


 一瞬、ティナが体をビクッと震わせて。不安そうな表情で私を見つめる。

 私は安心させるために笑顔を浮かべると、しゅーくりーむをテーブルの上に置いた。そして、インターホンに口を近づける。

 玄関に備え付けられているカメラに映し出されるのは、黒い髪を後ろに纏めた端正な顔立ちをした男性。


「どちら様かな? 佐久間映司に用があるなら彼は外出中だ」


「お休みのところ申し訳ありません。私は警視庁公安部の赤坂という者です」


 赤坂と名乗った彼はカメラに一つの手帳を映し出す。それは警察という組織の者が自らの身分を明かすために持ち歩く「警察手帳」というものだった。


「実は佐久間映司さんにではなく、あなた……リリーナさんに用があって参りました。よろしければお話を聞かせていただけますか?」


 警視庁……警察?

 私の脳裏に浮かぶのはあの「バイク圧死事件」だ。通常、何の問題もない市民宅へ警察など来ないだろう。ということは……。

 え? もうバレた?

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