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第6話「強襲」

 肉の焼けるいい匂いが鼻をくすぐる。

 俺の目の前には、熱々の鉄板ハンバーグがじゅうじゅうと音を立てていた。

 時間はちょうど昼過ぎ。一度、展示場を出た俺とリリーナは近くのファミリーレストランへと食事に来ていた。


 俺はハンバーグが好きだから迷うことなくそれにしたが、異世界からきたリリーナが何を注文するのか興味津々だった。

 しばらくメニューとにらめっこ。その後、彼女が選んだ料理は、意外にも女の子らしいというか想像以上に女子力が高いものだった。


 折り重なった生地にトロリと垂れるメープルシロップ。頂点と周辺には色鮮やかなフルーツが並び、雪化粧のような粉砂糖が振りかけてある。

 女性に人気のメニュー、パンケーキだ。脇を締め、器用にナイフとフォークを使い小さな口へ運んでいく様は至って普通の女の子に見える。


 水色のパーカーにデニムのジーンズというボーイッシュな服装で、さらに男言葉を使うリリーナは中性的な魅力があるものの、悪い言い方をすればがさつなイメージがあった。だけどその所作一つ一つをよく見るととても女性らしい。

 特に食べ方だ。わかりやすく言えば品が良い。まるでどこかのお嬢様と食事に来ている気分になる。以前いた世界では貴族階級とかに属していた人なのだろうか。


「前の世界でもナイフとフォークってあるの?」


「ナイフ、フォーク、スプーンは一緒だな。さすがに箸はないが」


「パンケーキは口にあうの?」


「向こうの世界ではパンが主食だからな。似ているこれは食べられそうだ。米はここにきてはじめて食べた」


 会話しながらハンバーグを口へ運ぶ。肉の味とスパイスの味が混然一体となって舌の上に広がっていった。

 楽しいはずの食事。しかし心のどこかに不安が残っている。あの視線だ。冷たくまるで心臓をえぐるような感覚がまだ頭のどこかにこびりついていた。

 だけどリリーナは至って普通だし、ただの気のせいなのかもしれない。


 ふと彼女の手が止まる。見ると窓の外へと視線を動かしていた。


「映司。あれはなんだ?」


 俺も彼女が見つめる方向へと首を動かした。目に映るのは牧師のような黒い服をきた二人組の男。手には黒い本を持って道行く人に話かけている。

 パッと頭に思い浮かんだイメージは宗教勧誘だ。持っている本もたぶん聖書か何かだろう。椋見駅周辺で声をかけられたこともあった。


「あれ、たぶん宗教勧誘だろ。たまにみかける」


「宗教か。この世界にも神はいるのか?」


「見たことないけどな。宗教によって違うんじゃないかな」


「一神教ではないのか。あの持ってる本は?」


「たぶん聖書だろ。経典みたいなもんさ」


「なるほど。神聖な書か」


 俺達が見てる中で、黒服の男が迷彩服の男に話かけていた。リリーナにオーク認定を下されたあの太いミリオタだ。というか牧師さん。なんでその人に声かけた……。

 とても話を聞くタイプには見えない。だけどミリオタは意外にも話を聞き、さらに聖書を受け取っていったのにはちょっと笑った。


 昼食が終わり、俺達は再び展示場へ。

 最初は人の多さに戸惑っていた様子のリリーナも慣れてきたのか、進む速度も速くなる。相変わらずモデルガンを手に取りながら、チラリと俺を確認するのは同じだが。

 

 思ったよりリリーナが銃に興味を示してくれたおかげで、今日はここで終わりそうだ。

 時間があれば別なところに遊びにいくか、もしくはティナも連れて三人で食事もいいかと思っていた。せっかくの休みだし。

 でもリリーナも楽しめたようだし、そんな彼女を見る俺も楽しかったからよしとしよう。

 

 刻印の問題はまったく進展していないし、消せる手段も現状はない。だけどじたばたしてもはじまらない。

 悲観して泣き叫んでも消えるわけじゃない。ゆっくりじっくり彼女と一緒に考えて消すことができればいい。


 目の前にいる銀色の少女が、俺にはその時、助けの手を差し伸べてくれる女神に見えていた。



 ――そんなに悠長でいいのかしら?



 冷たい地獄から響く呪詛の声が聞こえたような気がした。

 その途端、全身を駆け巡る恐怖と震え。首元に刃物を突き付けられている感覚が襲いかかる。

 覚えがある。これはあの黒髪の女に会った時の感じと同じだ。


 暴れまわる心臓の鼓動により揺れる視界の中、リリーナの目が大きく見開いた。

 彼女はゆっくり俺を見て、そして手にしたモデルガンを投げ捨てた。一気に駆け寄り、まるで抱きつくように俺の体を押し倒す。

 リリーナの声が、震える吐息が俺の眼前に近づいた。


「伏せろ! 映司!」


 リリーナを抱きかかえるように倒れ込んだ俺の視線に、黒い何かが映りこむ。

 鋭利な刃物のようなそれは、俺達が立っていた場所を横一文字に切り裂いていった。モデルガンも棚もそこに立っていた人も問答無用で真っ二つだった。

 彼女を抱き寄せ、上半身を起こす俺の目の前に広がっていたのは地獄絵図だった。当たり一面、血の海。響くのは耳をつんざく悲鳴。即死した人がそこらじゅうに転がっている。


「……なに男の胸の中にいるのよ。珍しいこともあるものね。ド腐れ貧乳」


 聞き覚えのある女の声がした。ゆっくりと俺は声のした方向へ視線を移す。

 長い黒髪。黒と赤で染色されたドレス風の服装。そして血のように真っ赤な瞳。俺を恐怖のどん底に叩き落し、刻印をつけた張本人がそこに立っていた。彼女の手にはいまだ生き血が滴る大鎌が握られている。

 名前は確か死神。そうだ。死神シオン・デスサイズ。


「久しぶりじゃない。銀の賢者。それと……刻印のあなた」

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